問題社員50 身だしなみが乱れている。
1 会社が社員の身だしなみを制約することができるか
一般的に、自分の髪の色をどうするか、ひげを生やすか等といった事項は、各人に任せられ、尊重されるべきものです。
しかし、尊重されるべきなのは、あくまでも私生活上の場面においてですので、会社が労働契約関係のある社員に対して、仕事上、必要かつ合理的な範囲で制約を課すことは可能と考えます。
必要かつ合理的な範囲といえるかどうかは、会社の業種、当該社員の職務の性質・内容、制約の目的、制約の具体的態様、業務への支障の有無・程度等から総合的に判断していくことになります。
例えば、ホテルや飲食店のようなサービス業で、当該社員がお客様と対面する業務の場合には、お客様の当該社員に対する不快感等がそのまま会社の信用を損なうことになるおそれがありますので、このような場合には、ある程度踏み込んだ身だしなみの制約が可能だと考えます。
2 身だしなみが乱れている社員への対応
まずは、①会社の定めたルール(就業規則・内規)、②いつから身だしなみが乱れているのか、③どのように身だしなみが乱れているのか、④当該社員の職務の性質、⑤過去の注意・指導歴、⑥取引先・顧客、他の社員からのクレームの有無を確認すべきです。
次に、会社から当該社員へ注意・指導をしても、社員がこれに応じない場合には、その理由を尋ね、会社が身だしなみに関する規定を置いている理由を説明し、社員に納得してもらうよう説得すべきです。
それでも改善がみられない場合には、懲戒処分を検討します。懲戒処分できると判断した場合には、けん責処分が穏当であると考えます。
懲戒処分を有効にするための前提として、就業規則に懲戒事由を定めること及び就業規則を周知しておくことが必要です。身だしなみについて懲戒事由を定める場合には、遵守事項として定めることになります。
第○条(服務の原則・服務規律)
1 従業員は、職務を誠実に遂行するとともに、会社の規則、業務上の指示・命令に従い、職場秩序の維持・向上に努めなければならない。
2 従業員は、以下の事項を遵守しなければならない。
品位を乱し、会社や従業員の名誉を傷つけるような行為をしないこと
3 裁判例
(1) イースタン・エアポートモータース事件(東京地裁昭和55年12月15日判決)
この事件は、ハイヤー運転手の口ひげについて争われた事案です。
裁判所は、口ひげは服装、頭髪と同様、もともと個人の趣味・嗜好に属する事柄であり、本来的には各人の自由であるとしつつ、このような私生活上の自由も労働契約の場においては、契約上の規制を受けることもありうるのであり、企業が企業経営の必要上から容姿、口ひげ、服装、頭髪などに関して合理的な規律を定めた場合、従業員はこれに沿った労務提供義務を負うことになるとしています。
ただし、禁止されるひげは、「無精ひげ」「異様、奇異なひげ」に限られるとして、本件では口ひげを剃る必要はないと結論付けています。
(2) 神奈川中央交通事件(横浜地裁平成6年9月27日判決)
この事件は、バスの運転手の制帽を着用しなかったことを理由にした減給処分の有効性が争われたものです。
裁判所は、就業規則の規定の目的は、乗合バス事業が公共性のある事業であることにかんがみ、乗務員に対して制服、制帽を着用させることを通じてその任務と責任を自覚させるとともに、バス利用者に対して正規の乗務員であることを認識させて信頼感を与えることにあると考えられるから、それ自体は合理性のあるものとし、減給処分を有効としました。
弁護士法人四谷麹町法律事務所
(勤務弁護士作成)