問題社員44 不採用通知に抗議する。
1 採用の自由
憲法22条、29条は、財産権の行使、営業その他広く経済活動の自由を基本的人権として保障しており、使用者は経済活動の一環として契約締結の自由を有していますので、自己の営業のために労働者を雇用するにあたり、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由に決定することができます(三菱樹脂事件最高裁昭和48年12月12日大法廷判決)。事業主は自由に応募者を不採用とすることができるのが原則であり、応募者が不採用通知に対し抗議するのは筋違いとなるケースが多いです。
2 内々定取消
労働契約は、労働者からの応募に対し、事業主が確定的な採用の意思表示をした時点で成立します。いわゆる採用内定の時点で始期付解約権留保付労働契約が成立すると評価できることが多く、いわゆる内々定の時点では、使用者が確定的な採用の意思表示をしておらず、労働契約は成立していないと評価されることが多いです。
労働契約が成立していない段階では自由に不採用とすることができるのが原則ですが、労働契約が確実に締結されるであろうとの応募者の期待が法的保護に値する程度に高まっている場合において、内々定取消が労働契約締結過程における信義則に反する場合には、採用への期待利益を侵害するものとして不法行為が成立し、応募者が採用されると信頼したために被った損害について賠償すべき責任を負うことがあります。応募者が他社における就職活動を打ち切った後に内々定を取り消すとトラブルになることが多い傾向にあります。
3 不採用の理由の説明義務
事業主が不採用とされた応募者に対し、不採用の理由を説明する義務はありません。慶応大学附属病院事件東京高裁昭和50年12月22日判決では、「労使関係が具体的に発生する前の段階においては、人員の採否を決しようとする企業等の側に、極めて広い裁量判断の自由が認められるべきものであるから、企業等が人員の採否を決するについては、それが企業等の経営上必要とされる限り、原則として、広くあらゆる要素を裁量判断の基礎とすることが許され、かつ、これらの諸要素のうちいずれを重視するかについても、原則として各企業等の自由に任されているものと解さざるを得ず、しかも、この自由のうちには、採否決定の理由を明示、公開しないことの自由をも含むものと認めねばならない。たとえば、企業等が或る学校の卒業生の採否を決するにあたっては、その者の学業成績、健康状態等はもとより、その者の一定の思想信条に基づく政治的その他の諸活動歴、政治的活動を目的とする団体への所属の有無及び右団体員であることに基づく活動、これらの活動歴に基づく将来の活動の予測、並びにこれらの点の総合的評価としての人物、人柄が当該企業の業務内容、経営方針、伝統的社風等に照らして当該企業の運営上適当であるかどうかということ等、ひろく企業の運営上必要と考えられるあらゆる事項を採否決定の判断の基礎とすることが許されるのであって、しかも、学業成績等と前記の意味での人物、人柄についての評価といずれを重視すべきかということも、原則として、企業等の各自の自由な判断に任されているものと認めざるを得ない。」としているのが参考になります。もっとも、社内で十分に議論したところ、不採用理由を説明することが会社の理念に合致するといった結論が出たような場合には、不採用理由を説明する方針を採っても差し支えありません。
個人情報保護との関係では、厚生労働省平成24年5月作成のパンフレット『雇用管理に関する個人情報の取り扱いについて』では、「④本人からデータ開示などを求められたときの対応(法第24~31条)」に関し、「本人に対し遅滞なく、保有個人データを開示しなければなりませんが『業務の適正な実施に著しい支障を及ぼすおそれがある場合』など、非開示にできる場合が法で定められています。例えば、人事評価や選考に関する個々人の情報は、基本的にはこれに当たると考えられますが、その取り扱いは労働組合などと協議して決定することが望まれます。」とされています。
4 定年後再雇用の拒否
高年法9条1項は、65歳未満の定年の定めをしている事業主に対し、その雇用する高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するため、
① 定年の引上げ
② 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度の導入)
③ 定年の定めの廃止
のいずれかの措置(高年齢者雇用確保措置)を講じなければならないと規定しており、改正前の高年法9条2項は、過半数組合又は過半数代表者との間の書面による協定により、②継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準を定めることができる旨規定していました。
平成25年4月1日施行の『高年齢者等の雇用の安定等に関する法律の一部を改正する法律』では、➁継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止について規定されていますが、平成25年4月1日の改正法施行の際、既にこの基準に基づく制度を設けている会社の選定基準については、平成37年3月31日までの間は、段階的に基準の対象となる年齢が以下のとおり引き上げられるものの、なお効力を有するとされています。
平成25年4月1日~平成28年3月31日 61歳以上が対象
平成28年4月1日~平成31年3月31日 62歳以上が対象
平成31年4月1日~平成34年3月31日 63歳以上が対象
平成34年4月1日~平成37年3月31日 64歳以上が対象
継続雇用制度の対象となる高年齢者に係る基準は具体的で客観的なものである必要があり、トラブルが多い社員は継続雇用の対象とはならないといった抽象的な基準を定めたのでは、公共職業安定所において、必要な報告徴収が行われるとともに、助言・指導、勧告の対象となる可能性があり、勧告を受けた者がこれに従わない場合は企業名が公表される可能性もあります(高年法10条)。健康状態、出勤率、懲戒処分歴の有無、勤務成績等の客観的基準を定めるべきです。「JILPT「高齢者の雇用・採用に関する 調査」(2008)」によると、実際の継続雇用制度の基準の内容としては、以下のようなものが多くなっています。
① 健康上支障がないこと(91.1%)
② 働く意思・意欲があること(90.2%)
③ 出勤率、勤務態度(66.5%)
④ 会社が提示する職務内容に合意できること(53.2%)
⑤ 一定の業績評価(50.4%)
常時10人以上の労働者を使用する使用者が、継続雇用制度の対象者に係る基準を労使協定で定めた場合には、就業規則の絶対的必要記載事項である「退職に関する事項」に該当することとなるため、労基法89条に定めるところにより、労使協定により基準を策定した旨を就業規則に定め、就業規則の変更を管轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
高年法9条には私法的効力がない(民事訴訟で継続雇用を請求する根拠にならない)と一般に考えられていますが、就業規則に継続雇用の条件が定められていればそれが労働契約の内容となり、私法上の効力が生じることになります。したがって、就業規則に規定された継続雇用の条件が満たされている場合は、高年齢者は、就業規則に基づき、継続雇用を請求できることになります。
就業規則に定められた継続雇用の要件を満たしている定年退職者の継続雇用を拒否した場合、会社は損害賠償義務を負う可能性があることに争いはありませんが、裁判例の中には、解雇権濫用法理の類推などにより、継続雇用自体が認められるとするものもあります。津田電気計器事件最高裁平成24年11月29日第一小法廷判決は、定年に達した後引き続き1年間の嘱託雇用契約により雇用されていた労働者の継続雇用に関し、東芝柳町工場事件最高裁判決、日立メディコ事件最高裁判決を参照判例として引用して、「本件規程所定の継続雇用基準を満たすものであったから、被上告人において嘱託雇用契約の終了後も雇用が継続されるものと期待することには合理的な理由があると認められる一方、上告人において被上告人につき上記の継続雇用基準を満たしていないものとして本件規程に基づく再雇用をすることなく嘱託雇用契約の終期の到来により被上告人の雇用が終了したものとすることは、他にこれをやむを得ないものとみるべき特段の事情もうかがわれない以上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないものといわざるを得ない。したがって、本件の前記事実関係等の下においては、前記の法の趣旨等に鑑み、上告人と被上告人との間に、嘱託雇用契約の終了後も本件規程に基づき再雇用されたのと同様の雇用関係が存続しているものとみるのが相当であり、その期限や賃金、労働時間等の労働条件については本件規程の定めに従うことになるものと解される」と判示しています。この最高裁判決は、定年退職後の嘱託社員を継続雇用しなかった事案に関するものであり、正社員が定年退職した直後に継続雇用されなかった事案に関するものではありませんが、正社員が定年退職した直後に継続雇用されなかった事案についても同様の判断がなされる可能性もありますので、十分な検討が必要です。
5 事業譲受人による不採用
事業譲渡がなされた場合、事業譲受人が事業譲渡人で雇用されていた労働者を採用するかどうかは本来自由なはずですが、労働組合員差別等がなされた場合には、事業譲受人が事業譲渡人で雇用されていた労働者の採用を強制されることがあります。
弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎