問題社員111 「就労可能」と記載された主治医の診断書を提出して復職したのに、仕事ができない。
目次
動画解説
1. 「就労可能」診断書を受け取った会社経営者の判断リスク
主治医から「就労可能」と記載された診断書が提出されると、会社経営者としては「復職を認めなければならないのではないか」と考えがちです。しかし、この判断を診断書だけで即断してしまうことには、大きなリスクがあります。
診断書は、あくまで医師が医学的観点から意見を述べたものであり、実際の業務内容や職場環境、求められる業務水準までを詳細に把握したうえで作成されているとは限りません。「就労可能」という表現があっても、それが現在の職務を通常どおり遂行できることを意味するとは限らないのです。
会社経営者として注意すべきなのは、「診断書が出ている以上、受け入れなければならない」と短絡的に考えてしまうことです。実際に復職させた結果、業務がほとんどできない、周囲に過度な負担がかかる、安全配慮義務の問題が生じるといった事態になれば、その責任は会社側が負うことになります。診断書は重要な判断材料の一つではありますが、それだけで結論を出すべきものではないという点を、まず押さえておく必要があります。
2. 精神疾患における「働ける」の判断が難しい理由
精神疾患の場合、「働けるかどうか」の判断は、身体疾患に比べて非常に曖昧になりがちです。骨折や発熱のように、数値や外見で明確に判断できるものとは異なり、本人の自覚症状やその日の体調によって、状態が大きく変動するからです。
主治医の診断書に記載される「就労可能」という表現も、「短時間であれば可能」「軽作業であれば可能」「本人の訴えを前提に可能と判断した」といった前提条件が省略されていることが少なくありません。会社経営者が想定している通常業務の遂行能力と、医師が想定している「就労」のレベルには、大きなズレが生じることがあります。
このズレを理解せずに復職を進めてしまうと、「診断書では働けるはずなのに、実際にはほとんど業務ができない」という状況に陥ります。会社経営者として重要なのは、精神疾患における「働ける」という言葉を、白黒はっきりした判断として受け取らないことです。医学的判断と、実際の業務遂行能力は別物であるという前提に立って対応を考える必要があります。
3. 実際に仕事ができていない場合の初期対応
「就労可能」とされた診断書を前提に復職させたものの、実際にはほとんど仕事ができていない場合、会社経営者として最初に行うべきなのは、感情的な評価ではなく事実の整理です。「やる気がない」「怠けている」といった印象論で判断してしまうと、対応を誤りやすくなります。
具体的には、出社はしているのか、業務指示に対してどの程度対応できているのか、集中力や持続力はどの程度かといった点を、客観的に確認していきます。ここでは、完璧にできているかどうかではなく、「通常の労務提供と評価できる状態かどうか」を見極めることが重要です。
この段階で会社経営者が避けるべきなのは、「診断書があるから仕方がない」と問題を先送りにすることです。実際に仕事ができていない状態を放置すれば、周囲の社員の負担が増え、安全配慮義務の問題も生じます。まずは現状を冷静に把握し、「このまま通常勤務として扱ってよいのか」という視点で、早い段階から対応方針を検討することが、後のトラブルを防ぐための重要な初期対応になります。
4. 安全配慮義務と不完全な労務提供の考え方
復職後に実際の業務がほとんどできていない場合、会社経営者が必ず意識すべきなのが、安全配慮義務と不完全な労務提供という二つの視点です。診断書が「就労可能」となっていても、実態として業務遂行が困難であれば、通常の労務提供が行われているとは評価できません。
このような状態で無理に就労を継続させると、症状の悪化や再発を招くおそれがあり、安全配慮義務違反が問題となる可能性があります。「本人が出社している」「働きたいと言っている」という事情があっても、会社としてリスクを把握しながら放置してしまえば、その責任は免れません。
一方で、業務がほとんどできていない状態を通常勤務として扱い続けることは、労務管理上も不合理です。不完全な労務提供の状態で賃金を払い続けることは、他の社員との公平性を損ね、後のトラブルの火種にもなります。会社経営者としては、「働かせるか」「休ませるか」を曖昧にしたままにせず、安全配慮と労務提供の両面から、現在の就労状態をどう位置付けるのかを早い段階で整理することが重要になります。
5. 欠勤・早退・就労拒否という現実的対応
復職後、出社はしているものの実質的に業務ができていない場合、会社経営者として検討すべき現実的な対応が、欠勤や早退として扱う判断、あるいは就労をさせないという判断です。「来てはいるから勤務扱いにする」という中途半端な対応は、問題を長引かせる原因になります。
業務指示に対応できない、集中力が著しく欠けている、体調不良を繰り返し訴えるといった状況であれば、その日は業務が可能な状態とは言えません。このような場合には、本人の意思に関わらず、早退を指示したり、欠勤扱いとする判断も必要になります。これは懲罰ではなく、安全配慮義務を果たすための対応です。
会社経営者として重要なのは、「働けない状態を無理に働かせない」という姿勢を明確に示すことです。就労を拒否する判断は勇気が要りますが、業務ができない状態を黙認し続けることの方が、はるかに大きなリスクを伴います。欠勤・早退という整理を行うことで、現在は通常勤務が可能な状態ではないという事実を明確にし、次の対応につなげていくことが重要です。
6. 休職制度の確認と休職命令の重要性
復職後に実質的な業務ができていない状態が続く場合、会社経営者として必ず確認すべきなのが、就業規則上の休職制度です。多くの会社では、一定期間就労が困難な場合に休職を命じることができる規定を設けていますが、実務では十分に活用されていないケースも少なくありません。
休職は、本人を排除するための制度ではなく、回復に専念させるための制度です。業務ができない状態にもかかわらず、出社だけを続けさせることは、本人にとっても会社にとっても望ましい状況とは言えません。むしろ、休職命令を出すことで、「今は働く段階ではない」という整理を明確にすることができます。
会社経営者として注意すべきなのは、休職を「本人が希望した場合のみ使える制度」と誤解しないことです。就業規則に根拠があれば、会社判断で休職を命じることは可能です。復職後の状況を踏まえ、「通常勤務が困難である」という客観的事実が認められるのであれば、早い段階で休職命令を検討することが、トラブルを拡大させないための重要な判断となります。
7. 休職開始日の明確化が重要な理由
休職を検討・命令する場面で、会社経営者が特に注意すべきなのが、「いつから休職に入ったのか」を曖昧にしないことです。復職後に仕事ができない状態が続いているにもかかわらず、出社扱いや欠勤扱いが混在したまま時間だけが経過すると、後々大きなトラブルにつながります。
休職開始日が不明確なままでは、賃金支払いの要否や休職期間のカウントが曖昧になり、「いつまで休職なのか」「復職判断はいつ行われるのか」といった点で会社と社員の認識にズレが生じます。このズレは、後から紛争になった際、会社側に不利に働くことが少なくありません。
会社経営者としては、休職命令を出すのであれば、その開始日を文書等で明確にし、「この日から休職扱いとする」という整理をはっきり示すことが重要です。これは形式的な問題ではなく、労務管理を適切に行ってきたことを示すための実務上の防御策でもあります。休職開始日を明確にすることが、復職判断や次の対応を冷静に進めるための土台になります。
8. 出社してくるが働けていない社員への対応
復職後、毎日のように出社はしてくるものの、実際には業務がほとんど進まないというケースは、会社経営者を最も悩ませる状況の一つです。本人としては「出社している」「席には座っている」という事実をもって、働いているつもりになっている場合も少なくありません。
しかし、会社経営者として重要なのは、出社の有無ではなく、通常の労務提供が行われているかどうかです。業務指示に対応できない、短時間で疲弊してしまう、周囲のフォローがなければ成り立たない状態が続いているのであれば、それは実質的に「働けていない」状態と評価せざるを得ません。
このような場合に避けるべきなのは、「とりあえず来ているから様子を見る」という対応です。曖昧な状態を続けると、勤務扱いなのか休職扱いなのかが不明確になり、賃金や休職期間を巡るトラブルにつながります。会社経営者としては、出社している事実に引きずられず、業務実態を基準に判断し、就労不可と評価する場合には、欠勤・休職といった整理に速やかに切り替えることが重要になります。
9. 賃金支払いをどう考えるかという実務判断
復職後に出社はしているものの、実質的に業務ができていない場合、会社経営者として避けて通れないのが、賃金をどのように扱うかという問題です。「席に座っている」「会社に来ている」という事実だけで、当然に賃金支払い義務が生じるわけではありません。
賃金は、労務の提供に対する対価です。業務指示に対応できず、実質的な労務提供がなされていない状態であれば、通常勤務として賃金を支払い続けることには慎重であるべきです。不完全な労務提供の状態を黙認して賃金を支払い続けると、「働けていなくても給与は出る」という前例を作ることになり、後の整理が一層困難になります。
会社経営者として重要なのは、「支払う・支払わない」を感情で判断しないことです。欠勤扱い、早退扱い、休職扱いなど、就業規則に基づいた整理を行い、その結果として賃金がどうなるのかを一貫した基準で判断する必要があります。賃金問題は必ず紛争の火種になります。だからこそ、業務実態と就業規則を踏まえた実務判断を、早い段階で行うことが不可欠です。
10. 主治医診断書を過信してはいけない理由
復職判断において、主治医の診断書は重要な資料の一つではありますが、会社経営者がそれを「絶対的な判断材料」として扱ってしまうことには大きな危険があります。特に精神疾患の場合、診断書の内容と実際の就労状況が大きく乖離することは珍しくありません。
主治医は、主として本人の申告や診察時の状態をもとに判断を行います。そのため、職場で求められる業務量や業務の質、周囲との関係性、ストレス要因といった点までを正確に把握しているとは限りません。「就労可能」と書かれていても、それが現在の職務を通常どおり遂行できることを意味しているとは限らないのです。
会社経営者として重要なのは、診断書を否定することではなく、過信しないことです。実際の業務実態と照らし合わせ、「本当に通常勤務が可能な状態なのか」を冷静に見極める必要があります。診断書の文言に引きずられて無理な復職を続けさせることは、安全配慮義務違反のリスクを高めるだけでなく、本人の回復を遅らせる結果にもなりかねません。診断書はあくまで判断材料の一つであり、最終的な就労可否の判断は、会社が実態を踏まえて行うべきものであるという点を、明確に意識しておく必要があります。
11. 産業医・試し出社等を使った復職可否判断
主治医の診断書だけでは復職可否の判断が難しい場合、会社経営者として検討すべき有効な手段が、産業医の活用や試し出社といった段階的な対応です。これらは、感情や印象ではなく、実態に基づいて判断するための実務的なツールと言えます。
産業医がいる場合には、職場環境や業務内容を踏まえたうえで意見を求めることで、「現在の状態で通常勤務が可能か」「配慮があれば可能か」「まだ就労は難しいか」といった整理がしやすくなります。主治医の診断書とは異なる視点が入ることで、会社としての判断の合理性も高まります。
また、いきなり通常勤務に戻すのではなく、短時間勤務や業務を限定した試し出社を行い、その実態を確認する方法も有効です。重要なのは、「試し」であることを明確にし、その結果をもとに復職可否を再判断するという位置付けです。会社経営者としては、曖昧な復職を続けるのではなく、客観的な材料を積み上げながら判断する姿勢を取ることが、後のトラブルを防ぐために不可欠です。
12. 働けない場合の最終的な整理と総括判断
主治医の診断書、産業医の意見、試し出社の結果などを踏まえても、通常の労務提供が困難であると判断せざるを得ない場合、会社経営者としては最終的な整理を行う段階に入ります。ここで重要なのは、「復職させたい」「何とか受け入れたい」という気持ちと、会社として取るべき判断を切り分けることです。
業務ができない状態を長期間にわたって曖昧に扱い続けると、安全配慮義務違反のリスクが高まるだけでなく、周囲の社員の負担や不満が蓄積し、組織全体に悪影響が及びます。欠勤、休職、復職可否の再判断といった整理を段階的に行い、それでも就労が困難であると結論付けられるのであれば、「この会社では通常勤務ができない」という現実を前提に対応を考える必要があります。
会社経営者として重要なのは、感情的な判断や場当たり的な対応を避け、「やるべき対応を積み重ねてきた」と説明できる状態を作ることです。そのうえで、休職期間満了後の対応や、やむを得ない退職に向けた整理を検討することも、会社経営者の責任の一つになります。働けない状態を無理に引き延ばすことが、本人にとっても会社にとっても最善ではない場合があることを踏まえ、冷静で現実的な判断を行うことが、この問題における最終的な着地点となります。
最終更新日2026/2/11

