問題社員125 厳しい指導に耐えられない。

動画解説

 

1. 厳しい指導は直ちにパワハラになるのか

 業務上どうしても厳しい指導を行わざるを得ない場面は、どの企業にも存在します。特に成果責任が重い業務や、安全性が求められる業務では、甘い注意では済まされないこともあるでしょう。

 しかし、そのような指導に対して一部の社員から「パワハラだ」との指摘が出た場合、会社経営者として不安を感じるのは当然です。

 まず確認すべきなのは、厳しい指導イコール直ちにパワーハラスメントになるわけではないという点です。

 法的に問題となるのは、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動」であり、さらに「就業環境が害される」場合です。客観的に見て業務上必要であり、その方法も社会通念上相当な範囲にとどまっているのであれば、適正な業務指導として許容されます。

 したがって、まず行うべきは「厳しい」という抽象的評価ではなく、「具体的にどのような言動があったのか」を整理することです。

 どのような言葉を用いたのか、声量や態様はどうだったのか、繰り返し行われたのか、人格否定的な発言はなかったのか。これらを事実ベースで確認する必要があります。

 また、会社経営者として注意すべきなのは、「うちは昔からこのやり方だ」という感覚的判断です。過去に問題が表面化していなかったからといって、法的に安全とは限りません。

 まずは、当該指導が業務上の必要性に基づくものかどうか、そして方法が相当な範囲にとどまっているかどうかを冷静に検討することが出発点になります。

 厳しい指導そのものを萎縮させる必要はありません。しかし、適正指導とパワハラの境界を理解しないまま続けることは、会社にとって大きなリスクとなります。

 会社経営者としては、感覚ではなく法的基準に基づいて整理する姿勢が求められます。

2. 「業務上必要かつ相当な範囲」の判断基準

 パワーハラスメントに該当するかどうかを検討する際、中心となるのが「業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動かどうか」という点です。

 ここでいう「業務上必要性」とは、その指導が本当に業務遂行のために必要であったかという問題です。単なる感情の発散や、相手を萎縮させること自体を目的とする言動は、必要性を欠くと評価される可能性があります。

 一方で、重大なミスの防止、安全確保、顧客対応品質の維持など、業務の性質上どうしても厳しく指導せざるを得ない場面もあります。その場合、指導自体の必要性は認められることが多いでしょう。

 次に問題となるのが「相当性」です。たとえ必要性があったとしても、その言い方や態様が社会通念上相当といえる範囲を超えていれば、違法と評価される可能性があります。

 例えば、長時間にわたり繰り返し叱責する、人格を否定する発言を行う、他の社員の前で過度に羞恥を与えるなどの態様は、相当性を欠くと判断されやすい傾向にあります。

 重要なのは、「厳しい」という主観的評価ではなく、社会通念に照らして明らかにやり過ぎといえるかどうかという客観的視点です。

 会社経営者としては、「必要だった」という点だけで安心するのではなく、「そのやり方でなければならなかったのか」という問いも立てる必要があります。別の表現方法や、より穏当な指導方法で同じ目的を達成できなかったかを検討することが、安全な対応につながります。

 業務上必要性と相当性の双方を満たして初めて、適正指導といえます。この二つを分けて整理することが、判断を誤らないための基本です。

3. 「就業環境が害される」とは何を意味するのか

 パワーハラスメントの判断において、もう一つ重要な要素が「就業環境が害される」という点です。

 これは単に「嫌な思いをした」というレベルでは足りません。問題となるのは、その言動によって労働者が身体的または精神的に苦痛を受け、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、就業する上で看過できない程度の支障が生じたかどうかです。

 つまり、「不快だった」「ショックだった」という主観的感情だけでは直ちにパワハラとはなりません。就業に具体的な支障が生じるレベルかどうかがポイントになります。

 もっとも、この判断は簡単ではありません。なぜなら、人によって感じ方が大きく異なるからです。ある社員にとっては「必要な指導」と受け止められるものでも、別の社員にとっては強い精神的負担となることがあります。

 しかし、法的判断は個々人の主観だけで決まるわけではありません。ここで用いられるのが、いわゆる「平均的な労働者の感じ方」という基準です。同様の状況で同じ言動を受けた場合に、社会一般の労働者が就業する上で看過できない支障が生じたと感じるかどうかが判断基準となります。

 会社経営者としては、「本人がパワハラだと言っているからパワハラだ」と短絡的に考える必要はありません。一方で、「他の社員は平気だから問題ない」と即断することも危険です。

 重要なのは、実際に行われた言動の内容、頻度、態様を具体的に整理し、それが平均的な労働者の基準から見て就業環境を害する程度に至っているかどうかを冷静に検討することです。

 就業環境の侵害という要素は抽象的に見えますが、最終的には具体的事実の積み重ねによって判断されます。会社経営者としては、感情論ではなく、事実に基づいて整理する姿勢が不可欠です。

4. 平均的労働者基準と個人差の問題

 前項で述べたとおり、パワーハラスメント該当性の判断は「平均的な労働者の感じ方」を基準に行われます。つまり、当該社員が主観的に強い苦痛を感じたとしても、それだけで直ちに違法となるわけではありません。

 ここで会社経営者として注意すべきなのは、「他の社員は問題なく働いている」という事実だけで安心しないことです。確かに、大多数の社員が同様の指導を受けても通常どおり業務を遂行できているのであれば、平均的基準から見て違法性が否定される可能性は高まります。

 しかし一方で、実際には不満を抱えながらも声を上げていない社員がいる可能性も否定できません。「表面上問題が出ていない」という状態が、必ずしも安全であることを意味するわけではないのです。

 会社経営者としては、実際にどのような言動があったのかを客観的に整理したうえで、他の社員の反応や職場全体の雰囲気も含めて総合的に検討する必要があります。

 また、個人差の問題も無視できません。法的基準は平均的労働者を前提としていますが、現実にはストレス耐性や受け止め方には大きな差があります。客観的には違法でないとしても、特定の社員にとっては過度の負担となる場合があります。

 この点を軽視すると、法的責任は回避できたとしても、労務管理上の問題が生じる可能性があります。例えば、体調不良や休職に発展すれば、安全配慮義務との関係が問題となります。

 したがって、「パワハラではない」という結論に至ったとしても、それで思考停止するのではなく、「当該社員にとって適切な対応は何か」というマネジメント上の視点を持つことが重要です。

 平均的基準による法的判断と、個別社員への配慮という経営判断は、必ずしも同じ結論になりません。会社経営者には、この二つを切り分けて検討する冷静さが求められます。

5. 他の社員が黙っている場合のリスク

 厳しい指導について一部の社員からのみ不満が出ている場合、会社経営者としては「他の社員は問題なく働いているのだから大丈夫だろう」と考えたくなるかもしれません。

 しかし、この判断は慎重であるべきです。

 確かに、平均的労働者基準から見て問題がない可能性はあります。しかし、他の社員が沈黙している理由が「本当に問題を感じていない」からなのか、「言っても無駄だと思っている」からなのかは区別しなければなりません。

 職場では、強い立場の上司に対して本音を言いづらい雰囲気が形成されることがあります。表面上は平穏でも、水面下では不満が蓄積しているケースも珍しくありません。

 会社経営者としては、単に「苦情が一件だけ」という事実だけで安全と判断するのではなく、実際の言動内容が客観的に相当な範囲にとどまっているかを改めて検証する必要があります。

 また、仮に法的にはパワハラに該当しないと判断できたとしても、職場の士気やエンゲージメントに影響を与えていないかという観点も重要です。沈黙は必ずしも納得を意味しません。

 そのため、匿名アンケートや定期的な面談などを通じて、職場の実態を把握する仕組みを整えることも一つの方法です。会社として、意見を表明しても不利益を受けないという環境を作ることが、結果的に法的リスクの低減にもつながります。

 会社経営者に求められるのは、「問題が表面化していない」ことに安心するのではなく、「問題が潜在化していないか」を点検する姿勢です。

 厳しい指導が組織にとって本当に適切に機能しているのか。形式ではなく実質で判断することが、統治の安定につながります。

6. 指導方法の見直しとマネジメントの工夫

 仮に法的にはパワーハラスメントに該当しないと整理できたとしても、それで検討を終えてよいとは限りません。会社経営者としては、より効果的な指導方法がないかというマネジメントの視点も持つ必要があります。

 「うちは昔からこのやり方でやってきた」「この業務は厳しく言わないと回らない」という考え方は理解できます。しかし、現行の方法が唯一の正解とは限りません。同じ業務上の目的を達成するにしても、言葉の選び方や伝え方、タイミングを工夫することで、受け止め方が大きく変わることがあります。

 例えば、公開の場での叱責ではなく個別面談に切り替える、人格評価ではなく行為の具体的問題点に絞る、改善点とあわせて期待や評価も伝えるといった方法は、指導効果を維持しつつ摩擦を減らす可能性があります。

 重要なのは、「厳しさ」を手段と目的で混同しないことです。目的は業務改善や成果向上であり、強い口調そのものが目的ではありません。もし別の方法で同じ成果が得られるのであれば、その方が企業にとって合理的です。

 また、外部研修やコミュニケーション研修の活用も検討対象になります。日本語の使い方やフィードバック技法を学ぶだけで、指導の印象が大きく変わることもあります。

 会社経営者としては、「法的に問題ないか」という消極的な視点にとどまらず、「より良い組織運営につながるか」という積極的視点を持つことが重要です。

 厳しい指導が必要な業務であっても、より効果的で持続可能な方法を模索する姿勢が、結果としてコンプライアンスと生産性の両立につながります。

7. 適性・ストレス耐性と安全配慮義務

 厳しい指導が法的にパワーハラスメントに該当しないとしても、それだけで問題が解決するわけではありません。会社経営者としては、当該社員の適性やストレス耐性という観点も検討する必要があります。

 人によってストレス耐性には大きな差があります。客観的には業務上必要かつ相当な指導であっても、特定の社員にとっては強い精神的負担となり、体調不良やメンタル不調に発展することもあります。

 ここで問題となるのが安全配慮義務です。会社は、労働者が安全かつ健康に働けるよう配慮する義務を負っています。もし、当該社員が強いストレスを受けていることを認識しながら、何らの対応も取らずに同様の指導を続けた場合、安全配慮義務違反が問われる可能性もあります。

 特に、適応障害やうつ症状などが発生した場合には、事後的に会社の対応が検証されることになります。その際、「法的にはパワハラではなかった」というだけでは十分ではありません。体調変化の兆候を把握し、必要な配慮を検討していたかどうかが問われます。

 したがって、会社経営者としては、当該業務に本当に適性があるのか、継続的に従事させることが本人にとって過度な負担になっていないかを見極める必要があります。

 もちろん、すべての業務を個々人に合わせて変更できるとは限りません。しかし、状況を把握し、検討したという事実は極めて重要です。

 法的基準による「パワハラ該当性」と、個別社員への「健康配慮」は別次元の問題です。会社経営者には、この二つを切り分けつつ、総合的に判断する姿勢が求められます。

8. 配置転換の検討と企業規模の限界

 厳しい指導が法的に問題ないと整理できたとしても、当該社員がどうしても適応できない場合、会社経営者として検討すべきなのが配置転換の可能性です。

 当該業務が本人の性格やストレス耐性に明らかに適していないのであれば、他の業務に変更することで双方にとって合理的な解決となる場合があります。本人の健康維持という観点からも、組織全体の安定という観点からも、配置転換は有効な選択肢になり得ます。

 もっとも、すべての企業に十分な配置余地があるわけではありません。中小企業や専門性の高い業務を行っている企業では、「他に回せる仕事がない」という現実もあります。

 その場合でも、単に「うちには他の仕事はない」と結論づけるのではなく、実際にどの程度の検討を行ったのかが重要になります。短期的な補助業務への一時的配置や、教育期間を設けることが可能かなど、検討の過程が問われることになります。

 会社経営者としては、配置転換が可能かどうかを形式的に判断するのではなく、「本当に検討したか」という視点を持つことが重要です。後に紛争となった場合、この検討経緯が大きな意味を持つことがあります。

 また、配置転換は単なる問題回避策ではありません。適材適所を実現する経営判断でもあります。本人の能力が別の分野で発揮される可能性もあります。

 企業規模には限界がありますが、限界の中で何ができるのかを検討する姿勢が、会社経営者に求められます。

9. 退職という選択肢を検討する際の注意点

 指導方法の見直しを行い、配置転換の可能性も検討したものの、それでもなお当該社員が業務に適応できない場合、最終的に「退職」という選択肢を検討せざるを得ない場面もあります。

 もっとも、ここで会社経営者として最も注意しなければならないのは、退職を急がせることが直ちに適法とは限らないという点です。

 厳しい指導に耐えられないという事情があるからといって、十分な検討や配慮を行わずに退職勧奨を進めれば、後に「退職強要」と評価されるリスクがあります。特に、精神的に追い込まれている状態での退職合意は、後日無効を主張される可能性もあります。

 したがって、退職を選択肢とする場合には、まず会社としてどのような配慮や代替措置を検討したのかを整理することが重要です。指導方法の見直し、配置転換の検討、業務内容の調整など、可能な対応を尽くしたうえで、それでも適応が困難であるという経緯が必要になります。

 また、退職勧奨を行う場合には、あくまで本人の自由な意思決定であることを明確にし、威圧的な態度や執拗な説得は避けなければなりません。面談の回数や発言内容が後に争点となることもあります。

 会社経営者としては、「会社にとって都合がよいから辞めてもらう」という発想ではなく、「本人にとっても最善か」という視点を持つことが重要です。適性に合った職場で能力を発揮してもらうことが、本人の将来にとっても合理的な場合もあります。

 退職は最終的な選択肢です。感情的に結論を急ぐのではなく、経緯を丁寧に積み重ねたうえで判断することが、後の紛争を防ぐうえでも不可欠です。

10. コンプライアンスと経営判断を両立させる視点

 厳しい指導がパワハラに該当するかどうかという問題は、単なる労務トラブルではありません。会社経営者にとっては、コンプライアンスと組織運営をどう両立させるかという経営課題です。

 近年、パワーハラスメントに対する社会的関心は非常に高まっています。そのため、過度に萎縮し、「少しでも強い言い方をすると問題になるのではないか」と考えてしまう会社も少なくありません。

 しかし、萎縮しすぎて適正な指導ができなくなれば、業務品質の低下や組織規律の崩れを招きます。これは企業にとって重大なリスクです。

 一方で、「うちは問題ない」と根拠なく楽観視することも危険です。法的基準を理解せずに従来どおりの指導を続ければ、思わぬ紛争に発展する可能性があります。

 会社経営者に求められるのは、感覚ではなく基準に基づく判断です。業務上の必要性と相当性を整理し、就業環境への影響を検討し、必要に応じて指導方法を見直す。このプロセスを踏むことで、適正指導とコンプライアンスを両立させることが可能になります。

 また、万が一紛争に発展した場合でも、「検討を尽くしていた」という事実は大きな意味を持ちます。裁判や労働審判で問われるのは、結果だけでなく判断過程です。

 厳しい指導は、企業運営において不可欠な場面もあります。重要なのは、それを恐れて放棄することでも、無自覚に続けることでもありません。

 法的基準を理解したうえで、自社にとって最も合理的な運営方法を選択すること。それこそが、会社経営者に求められる統治判断です。

 

最終更新日2026/2


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