問題社員75 5年以上教育指導しても、パフォーマンスが期待レベルに遠く及ばない。

動画解説

 

1. 5年以上教育指導しても成果が出ない社員が抱える経営問題

 5年以上にわたり教育や指導を続けてきたにもかかわらず、期待される成果が出ない社員がいる場合、会社経営者としては大きな悩みを抱えることになります。「ここまで面倒を見てきたのに、なぜ改善しないのか」「これ以上続ける意味があるのか」と感じるのは、極めて自然な反応です。

 この問題の厄介な点は、短期間の指導不足や一時的な不調とは明らかに性質が異なることです。5年以上という期間は、通常の会社であれば、業務内容への理解、必要なスキルの習得、一定の成長が期待される十分な時間です。それでも成果が出ていないのであれば、単なる努力不足では説明できない段階に入っています。

 一方で、このような社員を抱え続けることは、経営上の負担にもなります。本人に対する指導コストだけでなく、周囲の社員がフォローに回ることによる業務効率の低下、不公平感の蓄積、管理職の疲弊など、目に見えにくい影響が組織全体に広がっていきます。

 しかし、「長く指導しても成果が出ない」という事実だけをもって、直ちに厳しい対応に踏み切れるわけではありません。能力不足の問題は、対応を誤ると、不当解雇や違法な人事措置として会社が責任を問われるリスクをはらんでいます。

 会社経営者として重要なのは、「もう我慢の限界だ」という感情と、「法的に何ができるのか」という判断を切り離すことです。感情論で結論を出してしまうと、これまで積み重ねてきた指導の事実さえ、会社にとって不利に評価されかねません。

 5年以上教育指導を続けても成果が出ない社員の問題は、個人の資質だけの話ではなく、会社としてどのように雇用を管理し、どこまで責任を負うのかという、経営判断そのものの問題です。この問題を正しく整理できるかどうかが、次の判断を左右します。

 そのためにはまず、「能力不足とは何を指すのか」を、会社経営者自身が正確に理解する必要があります。次に考えるべきは、この点をどう整理すべきかという問題です。

2. 「能力不足」とは何かを会社経営者が誤解してはいけない

 5年以上教育指導を続けても成果が出ない社員について考える際、多くの会社経営者が口にするのが「能力不足」という言葉です。しかし、この言葉を感覚的に使ってしまうと、後の判断を大きく誤ることになります。

 実務上、「能力不足」とは単に「仕事ができない」「期待していたレベルに達していない」という意味ではありません。会社が労働契約によって予定していた業務を、通常の努力をもってしても遂行できない状態にあることを指します。ここを取り違えてはいけません。

 特に注意すべきなのは、「自分が期待していた水準」と「労働契約上求められる水準」を混同してしまうことです。経営者としては、「もっとできると思っていた」「このレベルでは困る」と感じる場面も多いでしょう。しかし、その期待が、採用時の職務内容や説明とどこまで一致しているのかを冷静に振り返る必要があります。

 裁判例でも問題になるのは、「その社員にどのような業務内容・役割が予定されていたのか」「その前提に照らして、本当に能力不足と言えるのか」という点です。単に成果が出ていない、成長が遅いという理由だけでは、能力不足とは評価されません。

 また、「長年指導しても改善しない」という事情も、それだけで能力不足を直ちに基礎づけるものではありません。何を目標として、どのような指導を行い、それでもなお達成できなかったのか。その中身が問われます。

 会社経営者として重要なのは、「能力不足」という便利な言葉で問題を片付けないことです。この言葉を使う以上、どの業務について、どの水準が求められ、それにどのように達していないのかを、第三者に説明できなければなりません。

 能力不足を正しく定義できていなければ、その後に検討する配置転換や解雇といった判断も、すべて不安定になります。次に整理すべきなのは、「では、その能力水準は何を基準に判断するのか」という点です。

3. 判断基準は「期待」ではなく「労働契約で予定された能力」

 能力不足の問題を検討する際、会社経営者が最も陥りやすい誤りが、「ここまで成長してくれるはずだった」「これくらいはできると思っていた」という“期待”を判断基準にしてしまうことです。しかし、法的に見た場合、その期待はほとんど意味を持ちません。

 能力不足かどうかを判断する基準は、会社が一方的に抱いた期待ではなく、労働契約において予定されていた業務内容と能力水準です。採用時にどのような職務を任せるとしていたのか、どの程度の役割や責任を想定していたのか。まずはここを正確に振り返る必要があります。

 例えば、「将来的には管理職候補として活躍してほしい」という期待があったとしても、それが採用時に明示されていなければ、その水準に達していないことを理由に能力不足と評価することはできません。あくまで判断の軸になるのは、当初合意されていた職務内容です。

 また、採用後に業務内容が拡大・高度化している場合には、その点も慎重に整理する必要があります。業務が高度化した結果についていけていないのであれば、それは能力不足というより、職務内容の変更や配置の問題として捉えるべき場面もあります。

 裁判例でも重視されるのは、「その社員が、契約上予定されていた業務を通常の努力をもって遂行できていたかどうか」という点です。「期待していた成果が出ていない」「会社の成長スピードについていけていない」といった理由だけでは、能力不足とは評価されません。

 会社経営者として重要なのは、「なぜこの社員を能力不足と考えているのか」を、期待や感情ではなく、契約内容に立ち戻って説明できる状態を作ることです。この整理ができていなければ、後にどのような対応を取っても、その正当性が揺らぎます。

 能力不足問題の判断は、会社の理想像と社員の現実を比べる作業ではありません。労働契約という合意に照らして、現実の業務遂行状況を評価する作業です。この視点を持つことが、次に考えるべき「裁判例の読み方」や「対応の限界」を正しく理解する前提になります。

4. 裁判例が極端に見える理由と自社に当てはめる際の注意点

 能力不足の社員への対応を考える中で、裁判例を調べ、「ここまでしなければ解雇は認められないのか」と感じた会社経営者は少なくありません。裁判例の内容が、現実の経営感覚からすると極端に見えるのは、決して不自然なことではありません。

 裁判例が厳しく見える最大の理由は、裁判が「最後の手段としての解雇の是非」を判断している点にあります。裁判所は、すでに会社と社員の関係が破綻し、解雇という結論に至った後の事案を前提に判断します。そのため、「それまでに会社が何をしてきたのか」が極めて重視されます。

 結果として、配置転換、業務内容の見直し、長期間の教育指導、具体的な改善機会の付与など、会社側に相当手厚い対応が求められているように見えるのです。しかし、これは「常にここまでしなければならない」という一般論ではありません。

 会社経営者が注意すべきなのは、裁判例をそのまま自社に当てはめようとすることです。裁判例は、業種、職種、会社規模、採用経緯、指導内容など、個別事情の積み重ねで判断されています。表面的な結論だけを見て、「うちでは無理だ」「解雇は不可能だ」と決めつけるのは適切ではありません。

 また、裁判例は「過去をどう評価するか」の判断であり、「これからどう対応すべきか」を直接示しているわけではありません。会社経営者として重要なのは、裁判例から「どこが争点になったのか」「会社のどの対応が問題視されたのか」を読み取ることです。

 例えば、「具体的な指導目標が示されていなかった」「改善の機会が形式的だった」「能力不足の内容が曖昧だった」といった点は、裁判例で繰り返し指摘されます。これらは、今後の対応で十分に修正可能なポイントです。

 裁判例は、会社にとって不利なものとして恐れる対象ではありません。むしろ、「どの点を整理しておかなければならないか」を教えてくれる材料です。自社の状況と照らし合わせながら、使える部分と使えない部分を冷静に取捨選択することが、会社経営者に求められています。

5. 教育指導を続けた事実が会社に求められる意味

 能力不足の社員について検討する際、「5年以上も教育指導を続けてきた」という事実は、会社経営者にとって大きな重みを持つものです。しかし、この事実は、会社にとって有利にも不利にも評価され得る点に注意が必要です。

 裁判や紛争の場面で問われるのは、「長く指導したかどうか」ではありません。問題になるのは、その教育指導が、どのような目的で、どのような内容で行われてきたのかという点です。ただ年数を重ねただけでは、会社が十分な対応をしたとは評価されません。

 例えば、「頑張れ」「もっと意識を高く持て」といった抽象的な指導を繰り返していた場合、たとえ期間が長くても、改善機会を与えたとは評価されにくくなります。一方で、具体的な業務目標を示し、達成状況を確認し、必要に応じて指導内容を見直してきたのであれば、会社としてやるべきことをしてきたと説明しやすくなります。

 会社経営者として理解しておくべきなのは、教育指導は「社員を育てるため」だけでなく、「将来の判断に備えるため」の側面も持っているという点です。どの業務について、どの水準を求め、それに対してどのような結果だったのか。この経過が整理されていなければ、能力不足を理由とする判断は極めて不安定になります。

 また、教育指導を続けた事実は、「会社は解雇を回避するために努力してきたか」という観点でも評価されます。配置転換や業務内容の調整を含め、他に選択肢がなかったのかが問われる中で、教育指導の中身は重要な材料になります。

 一方で、教育指導を続けてきたからといって、会社が無期限に雇用を維持しなければならないわけではありません。重要なのは、「どこまでやったのか」「なぜこれ以上は難しいと判断したのか」を説明できる状態を作ることです。

 教育指導の事実は、会社の姿勢を示す武器にもなりますし、整理が不十分であれば、逆に会社を縛る材料にもなります。この意味を正しく理解したうえで、次に考えるべきは、「配置転換という選択肢をどう評価すべきか」という問題です。

6. 配置転換を検討すべきかどうかの判断ポイント

 能力不足の問題に直面したとき、会社経営者がまず思い浮かべる対応の一つが配置転換です。「今の業務が合っていないだけかもしれない」「環境を変えれば活躍できるのではないか」と考えるのは自然な発想でしょう。しかし、配置転換は万能な解決策ではありません。

 まず整理すべきなのは、配置転換が「問題の先送り」になっていないかという点です。能力不足の内容が、特定の業務に限定されたものなのか、それとも業務全般に及んでいるのかによって、配置転換の意味合いは大きく異なります。どの部署でも同様の水準が求められる能力が不足しているのであれば、配置転換をしても根本的な解決にはなりません。

 また、配置転換は、会社にとってもコストを伴う判断です。新たな部署での教育やフォロー、周囲の社員への影響などを考慮せずに行うと、別の部署で同じ問題が再燃することになります。この場合、「配置転換をした」という事実自体が、会社にとって有利に働くとは限りません。

 会社経営者として重要なのは、「なぜ配置転換を検討するのか」を明確にすることです。特定の業務とのミスマッチを解消するためなのか、能力発揮の可能性を最後に確認するためなのか。その目的が曖昧なままでは、配置転換後の評価基準も曖昧になります。

 さらに注意すべきなのは、配置転換が本人にとって著しく不利益になっていないかという点です。業務内容や勤務地、労働条件が大きく変わる場合には、その合理性が問われます。「能力不足だから」という理由だけで、不利益な配置転換を行えば、別の法的リスクを招くおそれがあります。

 一方で、裁判例などでは、「配置転換を含む他の選択肢を検討したかどうか」が、能力不足解雇の前提として問題にされることがあります。配置転換が現実的な選択肢として存在する場合には、それを検討せずに結論を急ぐことも危険です。

 配置転換は、やるべき対応でも、やらなければならない義務でもありません。重要なのは、自社の業務構造や社員の能力特性を踏まえ、「配置転換が合理的な選択肢かどうか」を説明できるかどうかです。この整理ができていれば、配置転換を行う場合も、行わない場合も、会社として一貫した判断を示すことができます。

 この判断を踏まえたうえで、次に考えるべきは、「いよいよ能力不足解雇を検討する前に、何を整理しておくべきか」という問題になります。

7. 能力不足解雇を検討する前に必ず整理すべき事項

 5年以上にわたり教育指導や配置転換を検討・実施しても成果が見られない場合、「いよいよ解雇を考えざるを得ないのではないか」と感じる会社経営者もいると思います。しかし、能力不足解雇は、会社にとって最もリスクの高い判断の一つです。検討に入る前に、必ず整理しておくべき事項があります。

 まず最初に確認すべきなのは、「能力不足の内容が具体化されているか」という点です。どの業務について、どの水準が求められ、その水準にどのように達していないのか。これを具体的に説明できなければ、能力不足解雇は成立しません。「全体的に仕事ができない」「成長が見られない」といった抽象的な評価では足りません。

 次に重要なのが、改善の機会を十分に与えてきたかどうかです。教育指導の内容は具体的だったか、目標や期限は示されていたか、その達成状況を確認してきたか。単に長期間在籍していたという事実だけでは、「改善の機会を与えた」とは評価されません。

 また、配置転換や業務内容の調整といった、解雇を回避するための選択肢を検討したかどうかも重要です。すべてのケースで配置転換が必要になるわけではありませんが、「検討の余地があったのに何もしていない」という状況は、後になって不利に評価されやすくなります。

 さらに、能力不足とされる状態が、体調不良や精神的な問題に起因していないかも整理が必要です。この点を十分に確認せずに解雇に踏み切ると、安全配慮義務との関係で大きな問題になります。

 会社経営者として特に注意すべきなのは、「もう限界だ」という感情が先行していないかという点です。感情としての限界と、法的に解雇が許されるかどうかは別問題です。この二つを混同すると、これまで積み重ねてきた対応がすべて無駄になるおそれがあります。

 能力不足解雇を検討する前には、「なぜここまで対応してきたのか」「それでもなぜ難しいと判断したのか」を、第三者に説明できる状態を作ることが不可欠です。この整理ができていれば、次に考えるべき「評価の危険性」や「現実的な落としどころ」も見えてきます。

8. 「期待レベルに達しない」という評価が危険な理由

 能力不足の社員について検討する際、会社経営者が無意識のうちに使ってしまいがちなのが、「期待していたレベルに達していない」という評価です。しかし、この表現は、法的には極めて危険な評価であることを理解しておく必要があります。

 なぜなら、「期待レベル」という言葉は、会社側の主観に強く依存する概念だからです。経営者としては、「これくらいはできるようになってほしい」「この程度の成果は当然だ」と感じていても、それが労働契約上、社員に義務付けられていた水準とは限りません。

 裁判や労働紛争の場では、「期待していた」という説明はほとんど評価されません。問われるのは、あくまで「労働契約で予定されていた業務内容を、通常の努力をもって遂行できていたかどうか」です。期待との乖離をいくら強調しても、それだけでは能力不足の根拠にはなりません。

 特に危険なのは、「これだけ教育したのだから、もっとできるはずだ」という発想です。教育指導を長く続けた事実は重要ですが、それが直ちに「期待レベル」を引き上げる根拠になるわけではありません。教育の結果、どの業務が、どの水準までできるようになったのかを具体的に示せなければ、評価としては不十分です。

 また、「周囲の社員は同じレベルでできている」という比較も、「期待レベル」と同様に注意が必要です。他の社員との比較は参考事情にはなり得ますが、それだけで能力不足を基礎づけることはできません。個別の労働契約に立ち戻った評価が不可欠です。

 会社経営者として重要なのは、「期待に届いていない」という感覚を、そのまま評価や判断の言葉にしないことです。その代わりに、「どの業務について、どの点が契約上予定された水準に達していないのか」を具体的に言語化する必要があります。

 「期待レベルに達しない」という評価は、感情としては理解しやすいものの、法的にはほとんど使えない表現です。この言葉を軸に判断を進めてしまうと、能力不足解雇や厳しい人事判断の正当性が一気に崩れてしまいます。

 だからこそ、会社経営者は「期待」という言葉を手放し、契約と事実に基づく評価へと視点を切り替える必要があります。この視点を持てたとき、次に考えるべき「現実的な対応策」が見えてきます。

9. すでに雇ってしまった社員への現実的な対応策

 能力不足の問題に直面した会社経営者から、よく聞かれるのが「正直、採用を間違えたのかもしれない」という言葉です。しかし、どのような経緯であれ、すでに雇用関係が成立している以上、「採用ミスだった」で問題を終わらせることはできません。重要なのは、現実を踏まえた対応策を冷静に選択することです。

 まず考えるべきなのは、「この社員に、現時点で任せられる業務は何か」という視点です。期待していた役割に届いていないとしても、全く業務ができないとは限りません。業務を細分化し、責任の範囲を限定したうえで、実際に遂行可能な業務があるのかを見極めることが、現実的な第一歩になります。

 一方で、「何らかの仕事はさせられる」という理由だけで雇用を続けることが、必ずしも合理的とは限りません。業務全体の効率を著しく下げている、周囲の社員に過度な負担をかけている、不公平感が組織に広がっているといった事情があれば、それは経営問題として正面から検討すべき段階に入っています。

 このような場合、現実的な選択肢として浮上するのが、役割や処遇の見直し、配置転換、合意退職の検討です。いずれも簡単な判断ではありませんが、「解雇しかない」「我慢するしかない」という二択ではありません。中間的な選択肢を整理することで、リスクを抑えた対応が可能になる場合があります。

 特に合意退職を検討する場合には、「会社としてこれ以上の役割を用意できない」という事実を、冷静かつ丁寧に説明する必要があります。能力を否定する言い方や、責任を本人に押し付ける説明は、後の紛争につながりやすいため注意が必要です。

 会社経営者として意識すべきなのは、「正解の対応策は一つではない」という点です。自社の業務構造、組織規模、他の社員への影響を踏まえ、どの選択肢が最も合理的で、説明可能なのかを基準に判断することが重要になります。

 すでに雇ってしまった社員への対応は、理想論では解決しません。現実を直視しつつ、法的に安全で、経営としても納得できる選択肢を積み上げていくこと。それが、この問題に向き合う会社経営者に求められる姿勢です。

10. 今後同じ問題を繰り返さないために会社経営者が考えるべき雇い方

 5年以上教育指導を続けても成果が出ない社員への対応を経験した会社経営者であれば、「もう二度と同じ問題を繰り返したくない」と強く感じているはずです。この問題は、個別対応で終わらせるのではなく、今後の雇い方そのものを見直す契機として捉えるべきです。

 まず見直すべきなのは、採用時に何を基準としていたのかという点です。能力や経験について、どこまで具体的に確認し、どの水準を想定して採用していたのか。期待や印象だけで採用を決めていなかったかを、冷静に振り返る必要があります。

 次に重要なのが、労働契約や職務内容の明確化です。「幅広く活躍してほしい」「将来に期待している」といった曖昧な表現だけでは、後に能力不足の判断基準が定まりません。どの業務を担うのか、最低限どの水準を求めるのかを、採用段階でできる限り具体化しておくことが重要です。

 また、試用期間の位置付けを形骸化させないことも欠かせません。試用期間は、単なる慣らし期間ではなく、適格性を見極めるための重要な期間です。この期間に何を確認し、どのような基準で判断するのかを、会社経営者自身が意識しておく必要があります。

 さらに、教育指導についても、「とりあえず続ける」のではなく、一定の区切りと評価の視点を持つことが重要です。どの業務について、いつまでに、どの水準を目指すのか。その結果をどう評価するのかを整理しておけば、問題が長期化する前に判断を切り替えることができます。

 会社経営者として意識すべきなのは、「人を大切にすること」と「判断を先送りにしないこと」は両立できるという点です。雇ってしまった後に苦しむよりも、入口での整理と途中での判断を丁寧に行う方が、結果として会社にも社員にも負担が少なくなります。

 能力不足の問題は、誰か一人の問題ではありません。雇い方、期待の持ち方、評価の仕方といった、会社経営者の判断の積み重ねが形になって現れる問題です。この経験を、次の採用と組織づくりに生かすこと。それが、会社経営者として最も価値のある結論と言えるでしょう。

 

 


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