問題社員27 業務上のミスを繰り返して、会社に損害を与える。

1 募集採用活動の重要性

 業務上のミスを繰り返す社員を減らす一番の方法は、採用活動を慎重に行い、応募者の適性・能力等を十分に審査して基準を満たした者のみを採用することです。採用活動の段階で手抜きをして、十分な審査をせずに採用したのでは、業務内容が単純でマニュアルや教育制度がよほど整備されているような会社でない限り、業務上のミスを減らすことは困難です。

2 採用後の対応

 採用後の社員による業務上のミスの対策としては、社員の適性に合った配置、人事異動、注意指導、教育、人事考課、保険加入によるリスク管理等が中心であり、退職勧奨や解雇は能力不足の程度が甚だしく改善の見込みが低い場合に限定して検討するのが原則です。
 ただし、地位や職種が特定されて採用された社員については、基本的には配置転換する義務はありませんし、賃金額が高い場合には能力を向上させるために教育する必要はないと解釈される傾向にあります。当該地位や職種で要求される能力を欠く場合は、退職勧奨や普通解雇を検討するのが原則となります。
 事業主は労働者を使用することにより得られる利益を享受する以上、損失についても事業主が負担すべきとの考え(報償責任の原則)が一般的であり、過失によるうっかりミスについては損害賠償請求はなかなか認められませんし、損害賠償請求が認められる事案であっても、支払が命じられるのは損害額の一部にとどまることも多く、実際の回収作業にも困難を伴うことは珍しくありません。基本的には、業務上のミスによる損害を当該社員に対する損害賠償請求で填補できるものとは考えるべきではありません。

3 退職勧奨

 業務上のミスの程度・頻度が甚だしく、十分に注意指導、教育しても改善の見込みが低い場合には、会社を辞めてもらうほかありませんので、退職勧奨や普通解雇を検討することになります。解雇が有効となる見込みが高い程度に業務上のミスの程度・頻度が著しい事案では、解雇するまでもなく、合意退職が成立することも珍しくありません。
 他方、業務上のミスの程度・頻度がそれほどでもなく解雇が有効とはなりそうもない事案、誠実に勤務する意欲や能力が低い等の理由から転職が容易ではない社員の事案、本人の実力に見合わない適正水準を超えた金額の賃金が支給されていて転職すればほぼ間違いなく当該社員の収入が減ることが予想される事案等で退職届を提出させるのは、難易度が高くなります。
 能力不足により引き起こされる業務上のミスを理由として懲戒解雇を行うことはできませんので、懲戒解雇を示唆して退職届を提出させた場合には、錯誤(民法95条)、強迫(民法96条)等の主張が認められて退職が無効となったり、取り消されたりするリスクが高いものと思われます。
 退職するつもりはないのに、反省していることを示す意図で退職届を提出したことを会社側が知ることができたような場合は、心裡留保(民法93条)により、退職は無効となることがあります。

4 解雇

 業務上のミスの程度・頻度が甚だしく改善の見込みが低い場合には、退職勧奨と平行して普通解雇を検討します。普通解雇が有効となるかどうかを判断するにあたっては、
 ① 就業規則の普通解雇事由に該当するか
 ② 解雇権濫用(労契法16条)に当たらないか
 ③ 解雇予告義務(労基法20条)を遵守しているか
 ④ 解雇が法律上制限されている場合に該当しないか
等を検討する必要があります。
 解雇が有効となるためには、単に①就業規則の普通解雇事由に該当するだけでなく、②解雇権濫用に当たらないことも必要となります。②解雇権濫用に当たらないというためには、解雇に客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当なものである必要があります。
 解雇に「客観的に」合理的な理由があるというためには、「裁判官」が、労働契約を終了させなければならないほど当該社員の業務上のミスの程度・頻度が甚だしく、業務の遂行や企業秩序の維持に重大な支障が生じているため、労働契約で求められている能力が欠如していると判断するに値する「証拠」が必要です。会社経営者、上司、同僚、部下、取引先などが、主観的に解雇に値すると考えただけでは足りず、単に思ったよりもミスが多く、見込み違いであったというだけでは、解雇は認められません。
 長期雇用を予定した新卒採用者については、社内教育等により社員の能力を向上させていくことが予定されているため、業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えたとしても直ちに労働契約で求められている能力が欠如していることにはならず、解雇は例外的な場合でない限り認められません。一般的には、勤続年数が長い社員、賃金が低い社員は、業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えることを理由とした解雇が認められにくい傾向にあります。採用募集広告に「経験不問」と記載して採用した場合は、一定の経験がなければ有していないような能力を採用当初から有していることを要求することはできません。
 地位や職種が特定されて採用された社員については、当該地位や職種で要求される能力を欠く場合は、労働契約で求められている能力が欠如しているものとして、普通解雇が認められやすくなります。ただし、解雇が比較的緩やかに認められる前提として、地位や職種が特定されて採用された事実や、当該地位や職種に要求される能力を主張立証する必要がありますので、できる限り労働契約書に明示しておくようにしておいて下さい。
 業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えることを理由とした解雇が有効と判断されるようにするためには、何月何日にどのような業務ミスがあり、会社にどのような損害を与えたのかを、業務ミスがあった当時の証拠により説明できるようにしておく必要があります。抽象的に「業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えた。」と言ってみてもあまり意味はありませんし、「彼(女)が業務上のミスを繰り返して会社に損害を与えたことは、周りの社員も、取引先もみんな知っている。」というだけでは足りません。会社関係者の陳述書や法廷での証言は、証拠価値があまり高くないため、紛争が表面化する前の書面等の客観的証拠がないと、何月何日にどのような業務ミスがあり、会社にどのような損害を与えたのかを主張立証するのには困難を伴うことが多くなります。

5 損害賠償請求

 社員の業務上のミスにより会社が損害を被った場合には、社員に対して損害賠償請求(民法415条・709条)することができる可能性がありますが、社員に軽過失しかない場合(故意重過失がない場合)には免責される傾向にあります。
 社員に損害賠償義務が認められる場合であっても、賠償義務を負う損害額は損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度にとどまるため、故意によるものでない限り、社員に対し請求できる損害額は全体の一部にとどまることが多いというのが実情です。
 労働契約の不履行について違約金を定め、損害賠償額を予定する契約をすることは禁止されているため(労基法16条)、社員がミスした場合に賠償すべき損害額を予め定めても無効となります。
 損害賠償金負担の合意が成立した場合は、「書面」で支払を約束させ、会社名義の預金口座に振り込ませるか現金で現実に支払わせて下さい。賃金から天引きすると、賃金全額払の原則(労基法24条1項)に違反するものとして、天引き額分の賃金の支払を余儀なくされる可能性があります。
 損害額が軽微な場合は、賞与額の抑制、昇給の停止等で対処すれば足りる場合もあります。
 月例賃金を減額して実質的に損害賠償金を回収ようとする事案が散見されますが、賃金減額の有効性を争われて差額賃金の請求を受けることが多いですし、退職されてしまった場合には回収が困難となるため、お勧めしません。
 社員に対し損害賠償請求できる場合であっても、身元保証人に対し同額の損害賠償請求できるとは限りません。裁判所は、身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるにつき社員の監督に関する会社の過失の有無、身元保証人が身元保証をなすに至った事由及びこれをなすに当たり用いた注意の程度、社員の任務又は身上の変化その他一切の事情を斟酌するものとされており(身元保証に関する法律5条)、賠償額がさらに減額される可能性があります。身元保証の最長期間は5年であり(身元保証に関する法律2条1項)、自動更新の合意は無効と考えるのが一般的です(同法6条参照)。

弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎

 


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