問題社員89 パワハラを行ったのに今の部署で働き続けたいと言い張る。
目次
動画解説
1. パワハラ加害者が異動を拒否するという典型的な悩み
パワハラが認定された、あるいは少なくとも深刻な疑いが生じているにもかかわらず、加害者とされる社員が「今の部署で働き続けたい」「異動には応じられない」と主張するケースは、実務上決して珍しくありません。会社経営者としては、どのように対応すべきか頭を悩ませる場面です。
このような場合、加害者本人は「処分は受け入れるが、異動までは納得できない」「業務に支障は出していない」といった理屈を述べることが多く、異動をあくまで本人の同意事項であるかのように主張します。一方で、被害を受けた社員は、同じ職場に加害者が居続けること自体に強い心理的負担を感じているのが通常です。
会社経営者として最も難しいのは、「加害者の意向をどこまで考慮すべきなのか」という点でしょう。異動を拒否されたからといって対応を先送りにすれば、職場の緊張状態が続き、被害者側の不満や不信感が高まっていきます。その結果、被害者が休職や退職を選択してしまうケースも少なくありません。
実務上、この段階で対応を誤ると、「会社はパワハラを軽視している」「被害者よりも加害者を守っている」という評価を受けかねません。これは、後になって大きな労務トラブルや企業イメージの低下につながるおそれがあります。
会社経営者としては、パワハラ加害者が異動を拒否する場面は、単なる人事上の調整問題ではなく、企業秩序や職場環境をどう守るかという経営判断の問題であることを、まず正しく認識する必要があります。次項では、この状況を放置することが、なぜ特に危険なのかを整理していきます。
2. 被害者が退職しかねない状況を放置してはいけない理由
パワハラが発生しているにもかかわらず、加害者が同じ部署に居続ける状況を放置することは、会社経営者にとって極めてリスクの高い判断です。被害者にとっては、「会社は自分を守ってくれない」という強い不信感が生じやすく、精神的な負担は時間の経過とともに増大していきます。
実務上、被害者が最初に選択するのは、会社への相談や配置転換の要望であることが多いものの、それが受け入れられない場合、休職や退職という選択肢に傾いていくケースが少なくありません。会社経営者としては、「本人が辞めると言っていないから大丈夫」と考えるのは危険です。表に出ていないだけで、限界に近づいている可能性もあります。
また、被害者が退職に追い込まれた場合、その責任が会社に問われるおそれもあります。パワハラ防止法制の下では、会社には相談体制の整備や、適切な事後対応を行う義務が課されています。被害申告があったにもかかわらず、実効性のある措置を講じなかったと評価されれば、会社の安全配慮義務違反や職場環境配慮義務違反が問題となる可能性があります。
さらに、被害者の退職は、単に一人の社員を失うという問題にとどまりません。「声を上げても守られない会社だ」という評価が社内外に広がれば、他の社員の士気低下や、人材採用への悪影響にもつながります。結果として、会社全体の信頼性を損なうリスクが高まります。
会社経営者としては、パワハラ事案において優先すべきは、被害者が安心して働ける環境を速やに回復することであると認識する必要があります。そのためには、加害者側の意向だけに引きずられることなく、迅速かつ適切な対応を取る姿勢が不可欠です。次項では、その具体的な考え方として、異動のタイミングについて整理していきます。
3. 異動のタイミングは「可能な限り速やかに」が原則
パワハラ事案において、加害者の異動を検討する場合、会社経営者がまず意識すべきなのは、対応のスピードです。異動の可否や手続の細部を慎重に検討することは重要ですが、その間、被害者が同じ職場で不安や恐怖を感じながら働き続ける状況を長引かせるべきではありません。
実務上は、「人事異動には時間がかかる」「後任の調整が必要だ」といった理由から、対応が先送りにされるケースが見られます。しかし、パワハラが問題となっている状況では、通常の人事異動と同じ感覚で進めることは適切とはいえません。可能な限り速やかに職場環境を分離することが原則となります。
特に、被害者が精神的な不調を訴えている場合や、明確に「同じ職場で働くことがつらい」と意思表示している場合には、異動の遅れが深刻な結果を招くおそれがあります。対応が遅れた結果、被害者が休職や退職を選択してしまえば、会社としても取り返しのつかない事態になりかねません。
会社経営者としては、「異動をどう説得するか」「本人が納得するか」といった加害者側の事情よりも、被害者の安全と職場環境の回復を優先するという姿勢を明確に持つ必要があります。異動は、懲戒処分とは別に、職場秩序を回復するための措置として位置付けられるべきものです。
もっとも、現実には、即時の異動が難しい場合もあります。そのような場合に、会社経営者がどのような対応を取るべきかが次の問題となります。次項では、異動までに時間を要する場合の緊急的な対応策について整理していきます。
4. 異動まで時間を要する場合の緊急的な対応策
パワハラ加害者を異動させる必要性が明らかであっても、組織体制や業務上の事情から、直ちに異動を実施できない場合があるのも現実です。しかし、そのような場合であっても、「異動できないから何もしない」という対応は許されません。
まず検討すべきは、被害者と加害者を物理的・業務的に分離する暫定措置です。例えば、加害者を自宅待機や別フロア勤務とする、担当業務を一時的に外す、直接の指揮命令関係から外すといった対応が考えられます。これらは懲戒処分とは異なり、職場環境を速やかに改善するための緊急対応として位置付けられます。
また、在宅勤務や時差出勤など、勤務形態を一時的に変更する方法も選択肢となります。ただし、この場合でも、被害者側に負担を押し付ける形になっていないかを慎重に確認する必要があります。被害者に異動や働き方の変更を求める対応は、「会社が守るべき相手を取り違えている」と評価されかねません。
さらに重要なのは、こうした緊急措置があくまで一時的なものであることを明確にすることです。暫定対応が長期化すると、それ自体が既成事実となり、異動や懲戒といった本来取るべき措置が先送りされてしまうおそれがあります。会社経営者としては、いつまでにどのような最終判断を行うのか、スケジュール感を持って対応することが不可欠です。
異動までの間に何らかの対応を取っているかどうかは、後に紛争となった場合、会社の姿勢を評価する重要な要素となります。会社経営者としては、「できる範囲で最大限の対応をしていた」と説明できる状態を作っておくことが重要です。次項では、こうした対応を進めるにあたり、まず行うべき加害者本人への説得と説明について整理していきます。
5. まず行うべきは加害者本人への説得と説明
パワハラ加害者が異動を拒否している場合であっても、会社経営者として最初に行うべきは、加害者本人に対する丁寧かつ明確な説明と説得です。いきなり命令や処分の話を切り出すのではなく、会社としての考え方と現状認識を、落ち着いて伝える必要があります。
この場面で重要なのは、「異動は本人への制裁ではない」という点を明確にすることです。異動は、被害者の保護と職場環境の回復を目的とする措置であり、会社としての安全配慮義務や職場秩序維持の観点から必要であることを、具体的に説明します。「本人の評価を下げるため」「追い出すため」といった誤解を与えないよう注意が必要です。
また、加害者本人が「自分は悪くない」「誤解だ」と主張している場合であっても、会社として一定の事実認定を行い、その結果として対応を決めていることを伝えることが重要です。事実関係の再争いに終始してしまうと、話が前に進まず、異動の必要性がぼやけてしまいます。
説得の際には、「異動に応じなければどうなるのか」という点についても、曖昧にせず説明する必要があります。異動は会社の業務命令として行われ得るものであり、正当な理由なく拒否した場合には、懲戒の対象となる可能性があることも、冷静に伝えるべきです。ただし、脅し口調にならないよう、あくまで事実として説明する姿勢が求められます。
会社経営者としては、加害者本人が感情的になる場面であっても、対応を感情論に引きずられないことが重要です。会社としての方針と理由を一貫して説明することで、結果として本人が異動に応じるケースも少なくありません。次項では、それでも説得に応じない場合に、どのような対応を取るべきかを整理していきます。
6. 説得しても応じない場合は「打診」ではなく「命令」
加害者本人に対して十分な説明と説得を行っても、なお異動に応じない場合には、会社経営者としての対応を次の段階に進める必要があります。その段階では、異動を「お願い」や「打診」として扱い続けるのではなく、業務命令として明確に位置付けることが重要です。
パワハラ事案における異動は、本人の希望を聞いて調整する性質のものではなく、職場環境を回復し、被害者を保護するための措置です。このような目的に基づく人事異動は、会社の業務運営上の必要性が認められやすく、正当な業務命令として位置付けられる余地があります。
にもかかわらず、「どうしても嫌なら仕方がない」「本人が納得しないなら様子を見る」といった対応を続けてしまうと、会社自身が異動の必要性を否定しているかのような印象を与えかねません。その結果、後になって命令として異動を出そうとしても、「以前は任意だったではないか」と反論され、対応がより困難になります。
業務命令として異動を行う場合には、その理由を明確にすることが不可欠です。パワハラ事案により職場環境の維持が困難となっていること、被害者の保護が必要であること、会社として安全配慮義務を果たす必要があることなどを、具体的に説明できるようにしておく必要があります。
会社経営者としては、「命令」という言葉に過度な抵抗を感じる必要はありません。必要な場面で命令として対応しなければ、結果として被害者を守れず、会社の責任が問われるリスクが高まります。次項では、このような異動命令を出す前に、法的に確認しておくべきポイントについて整理していきます。
7. 人事異動命令を出す前に確認すべき法的ポイント
パワハラ加害者に対して人事異動命令を出す前に、会社経営者として必ず確認しておくべきなのが、その異動命令が法的に正当と評価されるかという点です。異動は会社の人事権に基づくものですが、無制限に認められているわけではありません。
一般に、人事異動命令が有効とされるためには、業務上の必要性があり、かつ、その内容が社会通念上相当であることが求められます。パワハラ事案においては、被害者の保護や職場環境の回復、再発防止といった目的が明確であれば、業務上の必要性は認められやすいといえます。
もっとも、異動の内容が過度に不利益なものである場合には、問題が生じます。例えば、明らかに懲罰的な目的で著しく不利な配置に変更する、合理的な理由なく遠隔地への転勤を命じるといったケースでは、人事権の濫用と評価されるおそれがあります。異動の目的と内容とのバランスが取れているかを冷静に確認する必要があります。
また、就業規則や雇用契約において、人事異動や転勤に関する定めがあるかどうかも重要なポイントです。異動命令を出す前提として、会社にその権限があることを規程上も説明できる状態にしておく必要があります。規程が不十分な場合には、後になって命令の有効性が争われるリスクが高まります。
会社経営者としては、「異動させなければ被害者を守れない」という事情だけで突き進むのではなく、法的に見ても合理的な対応であるかを一度立ち止まって確認することが重要です。この確認を怠ると、異動命令そのものが紛争の火種になりかねません。次項では、異動だけでなく、懲戒処分を検討すべき理由について整理していきます。
8. パワハラ事案では懲戒処分を検討すべき理由
パワハラ加害者への対応として、人事異動だけで問題が解決すると考えるのは危険です。会社経営者としては、異動とは別に、懲戒処分を検討すべきかどうかを必ず検討する必要があります。パワハラは、単なる人間関係のトラブルではなく、職場秩序を乱す重大な非違行為に該当し得るからです。
懲戒処分を検討すべき理由の一つは、会社としての姿勢を明確に示すためです。異動のみで対応した場合、社内には「パワハラをしても配置が変わるだけで済む」という誤ったメッセージが伝わりかねません。これは再発防止の観点からも望ましい対応とはいえません。
また、被害者の立場から見ても、異動だけでは十分な対応とは感じられないことがあります。加害行為に対する責任の所在が曖昧なままだと、「会社は本気で問題に向き合っていない」という不信感を抱かせるおそれがあります。適切な懲戒処分を行うことは、被害者の納得感を高める意味でも重要です。
さらに、懲戒処分を行わずに放置した場合、後に同様の行為が繰り返された際、会社の管理責任がより厳しく問われる可能性があります。「過去に問題行為があったにもかかわらず、十分な措置を取らなかった」と評価されれば、会社の安全配慮義務違反が問題となるリスクが高まります。
もっとも、懲戒処分を行う場合には、事実認定を慎重に行い、就業規則に基づいた適正な手続を踏むことが不可欠です。感情的な判断で処分を行えば、かえって処分の有効性が争われる原因になります。会社経営者としては、異動と懲戒を切り分けつつ、必要に応じて併用するという視点を持つことが重要です。
9. 懲戒処分を行わないことが招くリスク
パワハラ事案が確認されているにもかかわらず、懲戒処分を行わずに異動のみで対応した場合、会社経営者が想定すべきリスクは少なくありません。特に問題となるのは、会社としての対応が不十分であったと後から評価される可能性です。
まず、被害者から見た場合、「明確な処分が行われていない」という事実は、会社に対する不信感を強める要因となります。被害者が「会社は問題を曖昧に処理した」と感じれば、休職や退職だけでなく、外部への相談や紛争化に発展する可能性も高まります。
また、社内全体に対しても悪影響があります。懲戒処分を行わないまま加害者が在籍し続けることで、「パワハラは厳しく処分されない」「やった者勝ちではないか」といった誤った認識が広がり、職場秩序の維持が困難になります。これは、再発防止の観点からも重大な問題です。
さらに、後日、同じ加害者が再度問題行為を起こした場合には、「過去に問題があったにもかかわらず、適切な処分を行わなかった」として、会社の管理責任がより重く問われるリスクがあります。初動対応の甘さが、将来の法的責任を拡大させる結果になりかねません。
会社経営者としては、「波風を立てたくない」「これ以上問題を大きくしたくない」という気持ちから懲戒を避けたくなる場面もあるでしょう。しかし、懲戒処分を行わないこと自体が、新たなリスクを生み出している点を、冷静に認識する必要があります。次項では、これまでの整理を踏まえ、会社経営者として取るべき一貫した対応姿勢についてまとめます。
10. 会社経営者として取るべき一貫した対応姿勢(まとめ)
パワハラ加害者が異動を拒否する場面において、会社経営者に求められるのは、その場の感情や加害者本人の主張に左右されない、一貫した対応姿勢です。パワハラは、個人間のトラブルではなく、職場秩序と企業経営に直結する重大な問題であることを、常に前提として判断する必要があります。
これまで見てきたとおり、被害者の保護を後回しにし、加害者の意向を過度に尊重した対応を取れば、被害者の退職、社内不信の拡大、法的責任の追及といった深刻なリスクを招きかねません。異動や懲戒を躊躇することが、結果として会社にとってより大きな負担となるケースは少なくありません。
重要なのは、異動・懲戒といった対応を「場当たり的」に行うのではなく、会社としての方針に基づいて実行することです。被害者の安全確保と職場環境の回復を最優先とし、そのために必要な措置を速やかに講じる姿勢を明確に示すことが、結果として会社を守ることにつながります。
また、説得、命令、懲戒といった各段階の対応についても、理由と根拠を整理し、第三者に対しても説明できる形で進めることが不可欠です。感情的な対立を避けつつも、曖昧な対応に逃げないことが、経営判断として求められます。
会社経営者には、職場の安全と秩序を維持する最終責任があります。パワハラ事案に直面した際には、「誰を守るべきか」「何を優先すべきか」を見失わず、一貫した姿勢で対応することが、安定した経営と健全な職場環境を維持するための最も重要なポイントといえるでしょう。
最終更新日2026/2/8
