問題社員7 転勤を拒否する。
目次
1 転勤を拒否された場合に最初にすべきこと
転勤を拒否する社員がいる場合は、まずは転勤を拒否する事情を聴取し、転勤拒否にもっともな理由があるのかどうかを確認します。
転勤が困難な事情を社員が述べている場合は、より具体的な事情を聴取するとともに裏付け資料の提出を求めるなどして対応して下さい。認められる要望かどうかは別にして、本人の言い分はよく聞くことが重要です。
本人の言い分を聞く努力を尽くした結果、転勤拒否にもっともな理由がないとの判断に至った場合は、転勤命令に応じるよう説得するのが原則です。
それでも転勤命令に応じない場合は、懲戒解雇等の処分を検討せざるを得ませんが、懲戒解雇等の処分が有効となる前提として、転勤命令が有効である必要があります。
2 転勤命令の有効性
転勤命令が有効というためには、
① 使用者に転勤命令権限があり
② 転勤命令が権利の濫用にならないこと
が必要です。
3 転勤命令権限
就業規則に転勤命令権限についての規定を置いて周知させておけば、通常は①転勤命令権限があるといえます。併せて、入社時の誓約書で転勤等に応じること、就業規則を遵守すること等を誓約させておくことが望ましいところです。
社員から、勤務地限定の合意があるから転勤命令に応じる義務はないと主張されることがありますが、勤務地が複数ある会社の正社員については、勤務地限定の合意はなかなか認定されません。他方、パート、アルバイトについては、勤務地限定の合意が存在することが多いところです。
平成11年1月29日基発45号では、労働条件通知書の「就業の場所」欄には、「雇入れ直後のものを記載することで足りる」とされており、「就業の場所」欄に特定の事業場が記載されていたとしても、直ちに勤務地限定の合意があることにはなりません。ただし、それが雇入れ直後の就業場所に過ぎないことや支店への転勤もあり得ることをよく説明しておくことが望ましいところです。
4 転勤命令が権利の濫用にならないか
①使用者に転勤命令権限の存在が認定されると、次に、②転勤命令が権利の濫用にならないかどうかが問題となります。正社員については、通常は転勤命令権限が認められるため、②転勤命令が権利の濫用にならないかどうかが主要な争点になることが多いところです。
使用者による転勤命令は、
① 業務上の必要性が存しない場合
② 不当な動機・目的をもってなされたものである場合
③ 労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき
等、特段の事情のある場合でない限り権利の濫用になりません(東亜ペイント事件最高裁昭和61年7月14日第二小法廷判決)。
5 ①業務上の必要性
東亜ペイント事件最高裁判決が、「右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。」と判示していることもあり、企業経営上意味のある転勤であれば通常は①業務上の必要性が肯定されます。
ただし、①業務上の必要性の程度は、②③の主張立証にも影響するため、①業務上の必要性が高いことの主張立証はしっかり行う必要があります。
6 ②不当な動機・目的
退職勧奨したところ退職を断られ転勤を命じたような場合や、労働組合の幹部に転勤を命じた場合に、問題にされることが多い印象です。
①転勤させる必要性が高ければ、②不当な動機・目的がないと言いやすくなるので、②不当な動機・目的がないといえるようにするためにも、①業務上の必要性を説明できるようにしておくことが重要です。
7 ③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益
まずは、単なる不利益の有無が問題となるのではなく、「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益」の有無が問題となることに留意して下さい。
社員の配偶者が仕事を辞めない限り単身赴任となり、配偶者や子供と別居を余儀なくされるとか、通勤時間が長くなるとか、多少の経済的負担が生じるといった程度では、③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとはいえません。
単身赴任手当や家族と会うための交通費の支給、社宅の提供、保育介護問題への配慮、配偶者の就職の斡旋等の配慮は必須のものではありませんが、③通常甘受すべき程度を著しく超える不利益の有無を判断するにあたっては、転勤を命じられた社員の不利益を緩和する措置が取られているかどうかといった点も考慮されます。
就業場所の変更を伴う配置転換については、子の養育又は家族の介護の状況に配慮する義務があること(育児介護休業法26条)には注意が必要です。育児、介護の問題については、本人の言い分を特によく聞き、転勤命令を出すかどうか慎重に判断することをお勧めします。
本人の言い分をよく聞かずに一方的に転勤を命じ、本人から育児、介護の問題を理由として転勤命令撤回の要求がなされた場合に転勤命令撤回の可否を全く検討していないなど、育児、介護の問題に対する配慮がなされていない場合は、③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとして、転勤命令が無効とされるリスクが高まります。
裁判例の動向からすると、特に、家族が健康上の問題を抱えている場合や、介護が必要な場合の転勤については、慎重に検討したほうが無難な印象があります。
8 転勤命令違反を理由とした懲戒解雇の有効性
転勤命令自体が無効の場合は、転勤命令拒否を理由とする懲戒解雇は認められません。
有効な転勤命令を正社員が拒否した場合は重大な業務命令違反となるため、懲戒解雇は懲戒権の濫用(労契法15条)とはならず有効と判断されることが多いですが、拙速に懲戒解雇を行った場合は懲戒権を濫用したものとして無効と判断されることがあります。
社員が転勤に伴う利害得失を考慮して合理的な決断をするのに必要な情報を提供する等して転勤命令に従うよう説得する努力を尽くし、転勤命令に従う見込みが乏しいことを確認してから、懲戒解雇すべきでしょう。懲戒解雇を急ぐべきではありません。