問題社員115 会社の金銭・備品等を着服したり、通勤手当等を不正受給する

動画解説

 

1. 横領・不正受給は「まさか」では済まされない

 社員による横領や通勤手当等の不正受給が発覚した際、多くの会社経営者は「まさかうちの会社で」「信じていたのに」「性善説でやってきたのに」と感じます。しかし、このような受け止め方にとどまってしまうと、同じ問題を繰り返すリスクを抱え続けることになります。

 会社経営者の役割は、最低限の義務を果たせば足りるというものではありません。より良い会社、より良い職場を作るために、環境そのものを整える責任があります。社員がその気になれば横領や不正受給ができてしまう状態を放置していたとすれば、それ自体が経営上の問題だといえます。

 人は、常に強い倫理観だけで行動するわけではありません。厳しく管理され、不正をしようと思ってもできない環境であれば、不正に手を染めない人でも、簡単に不正ができそうな状況があれば、「あとでバレるかもしれない」と思いながらも実行してしまうことがあります。これは特定の社員の問題というより、環境の問題です。

 会社経営者の立場から見れば、不正行為を行った社員だけを非難して終わりにするのでは不十分です。そもそも不正を起こさせない仕組みを整えていたのか、経営としての視点が問われます。言い換えれば、社員から犯罪者を出さない環境を作ることも、会社経営者の重要な責務の一つです。

 横領や不正受給は、発覚した時点で初めて問題になるのではありません。「起き得るもの」として捉え、その前提で会社をどう設計していくのか。この認識を持つことが、適切な初動対応や、その後の判断を誤らないための出発点になります。

2. 不正を生み出さない職場環境を作る経営責任

 横領や不正受給が発覚すると、「裏切られた」という感情が先に立ちがちですが、会社経営者としては感情論で終わらせてはいけません。不正行為は個人の資質だけで発生するものではなく、職場環境や管理体制の影響を強く受けます。不正が起きたという事実は、経営の在り方そのものを見直す契機でもあります。

 同じ人物であっても、厳格に管理され、不正をしようとしても物理的にできない環境では、不正に手を出さないことがほとんどです。反対に、チェックが甘く、簡単にお金や備品に手を付けられる状況であれば、「少しくらいなら」「バレなければ」と考えてしまう人が出てくるのも現実です。ここに、経営環境が不正を誘発する危険性があります。

 会社経営者の責任は、不正が起きた後に厳しく処分することだけではありません。そもそも不正をやろうと思ってもできない仕組みを作ることが、本来の役割です。これは社員を疑うという話ではなく、社員を守るという発想でもあります。安易に不正ができる環境は、結果的に社員を犯罪者にしてしまう可能性があるからです。

 性善説に立つこと自体が悪いわけではありません。しかし、性善説だけに依存した管理体制は、会社にとっても社員にとってもリスクが高いものです。会社経営者としては、「不正をする人が悪い」で思考を止めるのではなく、「不正が起きにくい会社になっているか」という視点で自社を見直す必要があります。

 不正を生み出さない職場環境を整えることは、会社の財産を守るだけでなく、組織の信頼や秩序を維持することにも直結します。この意識を持つことが、次に取るべき具体的な対応を判断する上での土台となります。

3. 発覚直後に会社経営者が最初に行うべきこと

 横領や不正受給の疑い、あるいは事実が発覚した直後、会社経営者が最初に意識すべきことは、「どう処分するか」ではありません。まず優先すべきは、冷静に状況を把握し、その後の対応を誤らないための土台を整えることです。初動を間違えると、後から修正することは極めて困難になります。

 発覚直後に感情的な対応を取ってしまうと、証拠が散逸したり、社員に余計な警戒心を与えて証拠隠滅を招いたりするおそれがあります。「とにかく問い詰める」「その場で叱責する」といった対応は、一見もっともらしく見えても、経営判断としては危険です。

 まず行うべきなのは、関係する金銭や備品、データに当該社員がこれ以上触れられない状況を作ることです。業務分掌の一時的な変更や、アクセス権限の制限などを行い、不正行為の拡大や証拠隠滅を防止します。これは懲戒処分ではなく、事実確認のための安全措置だと整理しておくことが重要です。

 その上で、情報を整理します。いつ、誰が、どのような形で不正に気づいたのか、現時点で分かっている事実と、まだ確認できていない点を切り分けて把握します。この段階では、推測や評価を加えず、事実と未確認事項を分けて整理することがポイントです。

 会社経営者として意識すべきなのは、「早く結論を出すこと」ではなく、「正しい結論を出せる状態を作ること」です。発覚直後の対応は、その後の証拠収集、処分判断、さらには紛争になった場合の結果まで大きく左右します。まずは落ち着いて、経営者自身が主導して初動対応の方向性を定めることが求められます。

4. 証拠収集と情報整理の重要性

 横領や不正受給への対応で、会社経営者が最も重視すべき初期対応の一つが、証拠収集と情報整理です。ここを曖昧にしたまま進めてしまうと、その後の聴き取り調査や処分判断、さらには紛争対応において、会社側が不利な立場に立たされることになりかねません。

 まず重要なのは、「何が起きたのか」を客観的に把握するための材料を集めることです。預金口座の入出金履歴、経費精算の記録、通勤手当の申請内容、備品管理台帳など、不正の有無や範囲を確認できる資料を整理します。社内通報や第三者からの指摘がある場合には、その内容も記憶に頼らず、できる限り具体的に書面化しておくことが必要です。

 この段階で大切なのは、評価や結論を急がないことです。「悪質だ」「許せない」といった感情的な評価は後回しにし、あくまで事実関係を積み上げていく姿勢が求められます。事実が曖昧なまま本人を問い詰めてしまうと、言い逃れを許す余地を与えたり、後から証拠と食い違いが生じたりする原因になります。

 また、証拠収集と並行して、情報の整理も欠かせません。すでに確認できている事実、現時点では推測にすぎない点、今後確認が必要な点を切り分けて整理することで、次に行うべき聴き取り調査の精度が大きく高まります。場当たり的に質問するのではなく、「何を確認するための聴き取りなのか」を明確にすることが重要です。

 会社経営者として意識すべきなのは、証拠収集と情報整理は「本人を追い詰めるため」ではなく、「正確な判断をするため」に行うという点です。この土台がしっかりしていれば、その後の対応に一貫性が生まれ、結果として会社を守ることにつながります。

5. 聴き取り調査で重視すべきポイント

 証拠収集と情報整理がある程度進んだら、次に行うべきは当該社員への聴き取り調査です。この段階での聴き取りは、叱責や説教の場ではなく、あくまで事実を正確に確認するためのものだという意識を、会社経営者自身が強く持つ必要があります。

 聴き取り調査で最も重要なのは、「何が起きたのか」を具体的に明らかにすることです。いつ、どこで、何を、どのように行ったのかという事実関係を、一つずつ丁寧に確認していきます。「私がやりました」「反省しています」「処分は何でも受けます」といった言葉は、一見すると意味があるように見えますが、実務上はほとんど価値がありません。重要なのは結論ではなく、その結論に至る具体的な事実です。

 また、聴き取りの順番や進め方にも注意が必要です。事前に把握している証拠や事実を踏まえ、どこまで分かっていて、どこが未解明なのかを整理した上で質問を組み立てることが重要です。場当たり的に質問すると、話をはぐらかされたり、後から「そんなことは言っていない」と争われたりする原因になります。

 さらに、聴き取りの場では、感情的な態度を取らないことが不可欠です。強く責め立てると、事実を隠したり、話を歪めたりする動機を与えてしまいます。淡々と、事実確認に徹する姿勢を貫くことが、結果的に会社にとって有利な証拠を積み上げることにつながります。

 会社経営者としては、聴き取り調査は「本人を納得させる場」ではなく、「後の判断に耐えうる事実を確定させる場」であると理解することが重要です。この意識を持って臨むかどうかで、その後の処分判断や紛争対応の成否が大きく変わってきます。

6. 書面と録音による証拠確保の実務

 聴き取り調査と並行して、会社経営者が意識しておくべきなのが、証拠をどのような形で残すかという点です。横領や不正受給の問題では、後になって事実関係を争われることも多く、口頭でのやり取りだけに頼る対応は非常に危険です。

 まず基本となるのが、書面による証拠の確保です。聴き取り内容については、面談後にメモを整理し、報告書やメールとして第三者に共有する形で残しておくと、客観的な証拠としての価値が高まります。会社経営者自身が対応する場合でも、顧問弁護士などに経過をメールで送ることで、当時の記録を客観的に残すことができます。

 また、本人に事情説明書や顛末書を提出させる方法も有効です。ただし、安易に「始末書」という名称を用いると、それ自体が懲戒処分と評価され、後の処分との関係で無用な争点を生むおそれがあります。目的は反省文を書かせることではなく、事実関係を記録することですので、名目には十分注意が必要です。

 さらに、録音による証拠確保も選択肢の一つです。録音は手軽で、後から内容を正確に確認できるという大きな利点があります。一方で、録音していることを明示すると本人が警戒し、本音を語らなくなる場合もあります。この点は一長一短であり、事案の性質や重要性を踏まえて判断すべきです。

 会社経営者として重要なのは、証拠は「多すぎて困る」ことはあっても、「足りなくて困る」ことの方が圧倒的に多いという認識です。後から紛争になった場合でも耐えうる形で、書面や録音を通じて事実を積み重ねておくことが、会社を守る実務対応となります。

7. 不正取得額の返還と回収方法の考え方

 事実関係がある程度明らかになった段階で、次に会社経営者が考えることになるのが、不正に取得された金銭や備品をどのように回収するかという問題です。特に中小規模の会社では、「まずは損害を取り返したい」という関心が最も高くなる場面でもあります。

 基本的な考え方として、横領や不正受給によって取得された金銭については、原則として全額返還を求めることになります。これは、業務上の過失による損害とは異なり、本来取得する権利のないものを不正に取得したという性質を持つためです。特別な事情がない限り、一部免除を前提に考える必要はありません。

 返還方法としては、会社の口座への振込みや現金での支払いなど、実際に会社が金銭を回収できる方法を選択することが重要です。「返します」という口頭の約束だけで済ませてしまうと、後になって支払いが滞るケースは非常に多く見られます。必ず金額を特定した上で、返還方法や期限を明確にしておく必要があります。

 また、返還について合意ができた場合には、書面を作成しておくことが不可欠です。返還合意書や金額を認める書面を作成し、署名押印をさせることで、後日の紛争を防ぐことができます。分割払いを認める場合であっても、支払期限や不履行時の対応を明記しておくことが重要です。

 会社経営者として意識すべきなのは、回収の確実性です。特に、退職が視野に入る事案では、時間が経てば経つほど回収が困難になります。不正取得額の返還については、感情論ではなく、現実的に回収できる方法を選択するという視点で判断することが求められます。

8. 給与天引き・分割返還のリスク

 不正取得額の返還方法として、会社経営者が悩みやすいのが、給与からの天引きや分割返還を認めるかどうかという点です。一見すると実務的で合理的な方法に見えますが、法的・実務的には慎重な判断が求められます。

 まず、給与天引きについては、賃金全額払いの原則との関係が問題となります。賃金は原則として全額を社員本人に支払わなければならず、法律で認められた控除や、適法な労使協定に基づく控除でなければ、天引きは許されません。不正取得額の返還について、これに対応する明確な根拠がないまま天引きを行うと、別の法的トラブルを招くおそれがあります。

 本人が「給与から引いてください」と同意している場合でも、常に安全とは限りません。後になって「真意に基づく同意ではなかった」と争われる可能性があり、特に月々の賃金と相殺する形は、裁判上も慎重に判断される傾向があります。会社経営者としては、安易に天引きを選択することのリスクを理解しておく必要があります。

 一方、分割返還についても注意が必要です。分割払いを認めた結果、途中で退職され、そのまま支払いが止まってしまうケースは少なくありません。不正行為が発覚した社員が「辞めるつもりはない」と説明していても、実際には職場に居づらくなり、短期間で退職することは珍しくありません。

 そのため、可能であれば一括返還を原則とし、やむを得ず分割を認める場合でも、書面で明確な合意を残すことが不可欠です。会社経営者としては、「回収しやすそうだから」という理由だけで方法を選ぶのではなく、後日の紛争や未回収リスクまで見据えた判断を行うことが重要です。

9. 懲戒処分・懲戒解雇をどう判断するか

 不正行為の事実関係が確認できた場合、会社経営者は、どのような懲戒処分を行うべきかという判断を迫られます。ここで重要なのは、「不正があったから即懲戒解雇」と短絡的に考えないことです。処分の重さは、事案ごとの個別事情を踏まえて決めなければなりません。

 横領や窃盗といった会社の財産を直接侵害する行為については、懲戒解雇が相当と判断されるケースが多いのは事実です。ただし、それでも常に懲戒解雇が有効になるわけではなく、行為の内容、金額、期間、常習性、本人の立場や責任の重さなどを総合的に考慮する必要があります。

 一方で、通勤手当等の不正受給については、横領と比べると評価が分かれやすく、懲戒解雇では重すぎると判断される場面も少なくありません。減給、出勤停止、降格など、段階的な懲戒処分が相当とされることも多く、事案ごとのバランス感覚が重要になります。

 また、懲戒処分を行う際には、就業規則の定めを必ず確認しなければなりません。どのような行為が、どの程度の処分に該当するのか、そのルールを逸脱した処分は、内容が重すぎるとして無効と判断されるリスクがあります。

 会社経営者としては、社内の示しや再発防止という視点と、法的に有効な処分かどうかという視点の両方を踏まえて判断する必要があります。処分の選択に迷う場面では、個別事情を整理した上で、弁護士に相談しながら慎重に結論を出すことが、結果的に会社を守る対応となります。

10. 合意退職という選択肢と注意点

 横領や不正受給といった問題が発覚した場合でも、必ずしも懲戒解雇を選択しなければならないわけではありません。事案の内容や会社の方針によっては、合意退職という形で関係を整理する判断も、会社経営者として十分に検討に値します。

 不正行為を行った社員の中には、会社から強く求めなくても、自ら「辞めます」と申し出てくるケースが少なくありません。会社としても、これ以上の在籍は難しいと判断できる場合には、退職届を提出させ、退職日を確定させることで、早期に問題を収束させるという選択肢があります。拙速に懲戒解雇を行うよりも、リスクを抑えられる場面もあります。

 一方で、社員側から退職の意思が示されない場合には、退職勧奨を行い、合意退職を目指すことも考えられます。この場合に重要なのは、なぜ退職しなければならないのか、その理由を会社として明確に説明できることです。不正行為の内容や会社への影響を具体的に説明できなければ、合意に至らないだけでなく、後の解雇判断にも支障が生じます。

 また、合意退職を選択する場合には、必ず退職合意書を作成し、条件を明確にしておく必要があります。退職日、金銭の清算、今後の請求をしないことなどを整理しておかないと、退職後に紛争が蒸し返されるおそれがあります。

 会社経営者としては、感情的に「厳しく処分する」ことが最善とは限らない点を理解することが重要です。自社の規模や社風、再発防止の観点を踏まえ、合意退職という選択が自社にとって合理的かどうかを冷静に見極める必要があります。

11. 刑事告訴を行うかどうかの経営判断

 横領や不正受給が明らかになった場合、最後に会社経営者が判断を迫られるのが、刑事告訴を行うかどうかという問題です。この判断は法的な正解が一つに決まっているものではなく、まさに会社経営者のスタンスが問われる場面だといえます。

 刑事告訴を検討する際には、まず事案の重大性を冷静に見極める必要があります。不正の内容や金額、期間、常習性の有無、会社に与えた影響の大きさなどを総合的に考慮しなければなりません。また、すでに損害がどの程度回復されているのか、本人の反省の態度がどのようなものかも、判断材料となります。

 一方で、刑事告訴をするかどうかは、単なる制裁の問題ではありません。コンプライアンスを非常に重視する会社であれば、「不正行為があった以上、告訴しないという選択肢はない」という判断も十分にあり得ます。反対に、会社の評判や実務上の負担を考慮し、損害回復と退職で区切りをつけるという判断をする会社もあります。

 特に中小規模の会社では、「お金が返ってきて、会社を去ってもらえれば、それ以上は求めない」という実務的な判断が選ばれることも少なくありません。どの判断が正しいという話ではなく、自社が何を大切にする会社なのかを、行動として示す場面だといえるでしょう。

 会社経営者として重要なのは、感情に任せて告訴の有無を決めるのではなく、自社の価値観や今後の経営に与える影響を踏まえて判断することです。刑事告訴は一度行えば後戻りが難しい対応ですから、必要に応じて弁護士と相談しながら、慎重に結論を出すことが求められます。

 

 

最終更新日2026/2/13


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