問題社員93 すぐに退職する。
目次
動画解説
1. なぜ「すぐに退職する社員」が生まれてしまうのか
会社経営者にとって、やっと採用できた社員が短期間で退職してしまうことほど、精神的にも経営的にもダメージの大きい出来事はありません。採用には時間も費用もかかりますし、人手不足の状況では現場への影響も深刻です。
「最近の若者はすぐ辞める」「我慢が足りない」と感じられることもあるかもしれません。しかし、会社側弁護士として多くの相談を受けてきた経験から申し上げると、早期退職の原因を社員個人の資質だけに求めるのは、あまりにも危険です。
確かに、どの職場でも長続きしない人が一定数存在するのは事実です。ただし、実務上よく見かけるのは「その会社でなければ辞めなかった可能性が高いケース」です。つまり、採用の段階で既にミスマッチが生じていたということです。
多くの会社経営者は、オンボーディング施策、賃金、福利厚生、ワークライフバランスなどに目を向けがちです。これらが重要であることは間違いありません。しかし、それだけでは早期退職を防げないケースが非常に多いのです。
特に見落とされやすいのが、「会社の企業風土」と「担当させる業務内容」が、その社員に本当に合っていたのかという視点です。この2点が合っていない場合、どれだけ条件が良くても、社員は違和感を抱え続け、結果として短期間で退職してしまいます。
すぐに退職する社員が生まれる背景には、偶然ではなく、採用段階での判断や準備不足が積み重なっています。この問題を根本から防ぐためには、会社経営者自身が「なぜ辞めたのか」を感覚ではなく、構造的に捉える必要があります。
2. 給与や福利厚生だけでは退職は防げないという現実
会社経営者の方とお話ししていると、「給与は同業他社より高い」「福利厚生も整えている」という言葉をよく耳にします。それにもかかわらず、退職者が続出しているという相談は少なくありません。
一般的な感覚として、「条件が良ければ人は辞めないはずだ」と考えがちです。会社経営者ご自身が、条件面を重視して働いてきた経験をお持ちであれば、なおさらそう感じられるでしょう。
しかし、実務上は「条件は良いのに辞める会社」が確実に存在します。むしろ、同業他社よりも給与水準が高いにもかかわらず、定着率が低い会社ほど、問題の根が深いケースも多いのです。
このような場合、給与や福利厚生は「不満の原因」にはなっていません。退職理由の本質は別のところにあります。具体的には、「会社の雰囲気が合わない」「仕事が想像していたものと違う」「毎日強い違和感を抱えながら働いている」といった感覚的なズレです。
人は、どれだけ条件が良くても、強いストレスや違和感を抱え続ける環境では長く働き続けることができません。特に最近は、転職市場が活発で、「合わなければ辞める」という選択肢を取りやすくなっています。
そのため、会社経営者が「条件は整えているのに、なぜ辞めるのか」と感じている場合、注目すべきポイントは条件面ではありません。採用の段階で、その人が会社の空気や働き方、価値観に本当に合っていたのかを、改めて振り返る必要があります。
給与や福利厚生は確かに重要です。しかし、それだけで社員の定着を図ろうとする考え方には限界があります。早期退職を防ぐためには、条件以外の部分、特に会社の内側に目を向けることが不可欠です。
3. 会社経営者が最も重視すべき「企業風土との相性」
早期退職を防ぐうえで、会社経営者が特に重視すべきポイントは「企業風土との相性」です。企業風土、いわゆる社風は、給与や制度とは異なり、入社後に簡単に変えられるものではありません。
会社経営者の中には、「うちは特別な社風なんてない」「普通の会社だと思っている」という方も少なくありません。しかし実際には、どの会社にも必ず独自の空気や価値観、暗黙のルールが存在しています。
例えば、スピード感を重視する会社もあれば、慎重さや丁寧さを評価する会社もあります。上下関係がはっきりしている会社もあれば、フラットな関係性を重視する会社もあるでしょう。これらは、明文化されていなくても、日々の意思決定やコミュニケーションに色濃く表れます。
この企業風土に合わない社員が入社すると、仕事の内容以前に、日常的な違和感を抱えることになります。「なぜこんな判断をするのか」「なぜそのやり方が評価されるのか」といった小さな疑問が積み重なり、やがて強いストレスへと変わっていきます。
重要なのは、能力の高低ではありません。能力が高く、真面目であっても、企業風土に合わなければ長く働くことは難しいのです。実務上、「仕事自体は嫌いではなかったが、会社が合わなかった」という理由で退職するケースは非常に多く見られます。
会社経営者としては、「優秀そうだから」「人手が足りないから」という理由だけで採用判断をしてしまいがちです。しかし、企業風土との相性を軽視した採用は、結果として早期退職につながりやすく、会社にとっても社員にとっても不幸な結果を招きます。
だからこそ、会社経営者自身が「自社はどのような価値観を大切にしている会社なのか」「どのような考え方の人が長く活躍しているのか」を、採用の前提としてしっかり認識しておく必要があります。
4. 企業風土に合う人物像を、会社経営者自身が言語化する重要性
企業風土との相性が重要だと理解していても、実際の採用場面でそれを活かせていない会社は少なくありません。その大きな原因の一つが、「企業風土に合う人物像」が会社経営者自身の中で言語化されていないことです。
「なんとなく合いそう」「直感的にいいと思った」という判断が悪いわけではありません。むしろ、長年経営をされてきた会社経営者の直感は、非常に鋭いことも多いです。ただし、直感だけに頼った採用は、どうしても判断基準がぶれやすくなります。
言語化ができていないと、面接のたびに重視するポイントが変わってしまったり、その場の印象で判断してしまったりします。その結果、企業風土に合わない人材を採用してしまうリスクが高まります。
まず会社経営者にしていただきたいのは、「自社で長く働き、かつ活躍している社員はどのような人物か」を具体的に分析することです。単に在籍年数が長いだけではなく、成果を出している社員、周囲から信頼されている社員に注目してください。
そうした社員に共通する行動特性や考え方を洗い出していくと、自社の企業風土が自然と浮かび上がってきます。例えば、「指示を待たずに動ける」「曖昧な状況でも前向きに考えられる」「地道な作業を継続できる」といった要素です。
これらを言葉にして整理することで、「自社の企業風土に合う人物像」が明確になります。そして、その人物像に照らして、面接での質問内容や評価基準を設計することが可能になります。
企業風土に合うかどうかは、感覚の問題に見えがちですが、実は十分に論理的に検討できる領域です。直感と論理を組み合わせることで、採用判断の精度は格段に高まります。
会社経営者自身が企業風土と人物像を言語化できていれば、採用の軸がぶれにくくなり、結果として早期退職のリスクを大きく下げることができます。
5. 企業風土を変える目的で異質な人材を採用する際の注意点
会社経営者の中には、「今の企業風土を変えたい」「これまでとは違うタイプの人材を入れて、会社を成長させたい」と考える方もいらっしゃいます。この考え方自体は、決して間違いではありません。
しかし、早期退職を防ぎたいという観点から見ると、この判断には非常に慎重さが求められます。企業風土に合わない人材を採用することは、採用される側にとって想像以上の負担になるからです。
企業風土に合わない環境では、本人がどれだけ優秀であっても、周囲から浮きやすくなります。価値観や仕事の進め方が異なるため、無意識のうちに孤立しやすく、精神的なストレスを強く感じるようになります。その結果、短期間で退職してしまうのは自然な流れと言えます。
にもかかわらず、「会社を変えるためだから仕方がない」として、特別なフォローや配慮をせずに採用してしまうケースが見受けられます。これは、会社経営者側のリスク管理としては不十分です。
もし本気で異質な人材を採用するのであれば、「どのように守るのか」「どのような立場や権限を与えるのか」「どの程度の期間で成果を期待するのか」を、採用前から具体的に設計しておく必要があります。
特に注意すべきなのは、「長く働いてもらうこと」を前提にしない採用です。企業風土を変えるために一時的な役割を担ってもらう、専門性を活かして限定的に関与してもらう、といった位置づけであれば合理性があります。
一方で、「長期雇用を前提にしながら、企業風土に合わないことを承知で採用する」という判断は、早期退職を招く可能性が極めて高いと言えます。結果として、会社経営者自身が「やはり合わなかった」と感じることになりがちです。
すぐに退職されることを避けたいのであれば、原則として「企業風土に合う人材を採用する」という基本方針を崩さないことが重要です。企業風土を変える採用は、目的・期間・フォロー体制を明確にしたうえで、例外的に行うものと考えるべきでしょう。
6. 担当業務とのミスマッチが早期退職を招く理由
企業風土と並んで、早期退職の大きな原因となるのが「担当業務とのミスマッチ」です。会社経営者としては、「入社後に配置転換すればよい」「いずれ慣れるだろう」と考えがちですが、この考え方は非常に危険です。
社員が日々向き合うのは、抽象的な企業理念ではなく、現実の業務内容です。その業務が本人の適性や興味と大きくズレている場合、毎日の仕事そのものが強いストレスになります。
実務上よく見られるのが、「仕事内容を正確に伝えていなかった」「期待していたレベルと実力に差があった」というケースです。会社経営者側としては説明したつもりでも、採用される側は楽観的に受け取っていることも少なくありません。
また、「何でもできそうだから」「柔軟に対応してくれそうだから」という理由で採用し、結果として本人が苦手な業務ばかりを任せてしまうケースもあります。この場合、本人は努力しても成果が出ず、自信を失い、早期に退職してしまいやすくなります。
能力や意欲の問題ではなく、「向き・不向き」の問題であるにもかかわらず、会社経営者がそれを見誤ってしまうと、採用後の修正は極めて困難です。特に中小企業では、配置転換の選択肢が限られるため、ミスマッチは致命的になりがちです。
担当業務とのミスマッチがある状態では、どれだけ企業風土に合っていても、長く働き続けることは難しくなります。逆に言えば、業務内容が適性に合っていれば、多少の不満があっても踏みとどまる社員は少なくありません。
だからこそ、会社経営者は「どの業務を任せるつもりなのか」「その業務にどのような適性が必要なのか」を、採用段階で具体的に整理し、確認する必要があります。この確認を怠ることが、早期退職を招く大きな要因となります。
7. 採用段階で必ず行うべき業務適性の見極め方
担当業務とのミスマッチを防ぐために、会社経営者が採用段階で必ず意識すべきことは、「業務適性は想像ではなく、確認するものだ」という姿勢です。履歴書や職務経歴書、本人の自己評価だけで判断するのは、リスクが高いと言わざるを得ません。
採用の場面では、候補者は自分をよく見せようとするのが当然です。「できます」「問題ありません」という言葉を、そのまま事実として受け取ってしまうと、後になって大きなズレが生じます。これは候補者が悪いのではなく、確認をしなかった会社経営者側の問題です。
もし特定の技能や業務能力が必要なのであれば、採用段階で必ずそれを確認してください。最も確実なのは、実際にやらせてみることです。短時間のテストや課題であっても、できるかどうかはすぐに分かります。
例えば、資料作成が重要な業務であれば、簡単な資料をその場で作らせてみる。数値管理が必要であれば、簡単な計算やデータ整理を行わせてみる。このような確認を行うことで、「思っていたレベルと違う」という事態を大きく減らすことができます。
「人を疑うようで気が引ける」「信頼関係を大事にしたい」という気持ちを持つ会社経営者も多いでしょう。しかし、業務適性を確認することは不信ではありません。むしろ、入社後に苦しませないための配慮であり、経営判断として当然の行為です。
また、専門性の高い業務については、その分野で実際に成果を上げている社員を採用選考に関与させることも有効です。同じ会社にいても、専門外の業務について正確な評価をするのは難しいものです。
採用段階での確認を怠ると、入社後に「期待していたのと違う」「こんなはずではなかった」という不満が、会社側・社員側の双方に生じます。このズレこそが、早期退職の温床になります。
長く働いてもらいたいのであれば、業務適性は必ず採用前に見極める。この基本を徹底することが、会社経営者にとって最も実務的で、効果の高い対策です。
8. 「できると言っていたのにできない」を防ぐための実務的対策
会社経営者から非常によく聞く不満の一つが、「できると言っていたのに、実際にやらせてみたら全然できなかった」というものです。このようなケースは、早期退職や信頼関係の崩壊につながりやすく、できる限り防ぐ必要があります。
しかし、この問題を冷静に見てみると、原因は採用された社員ではなく、採用段階での確認不足にあることがほとんどです。採用の場面で「できるかどうか」を客観的に確認していない以上、期待と現実がズレるのは当然とも言えます。
会社経営者として意識していただきたいのは、「できる」という言葉の定義は人によって大きく異なるという点です。本人としては「触ったことがある」「基本操作は分かる」という意味で「できる」と言っている場合も少なくありません。
このズレを防ぐために最も有効なのは、やはりテストです。資格の有無や経歴の確認も重要ですが、それだけでは実務能力までは分かりません。実際の業務に近い形で、短時間でも構いませんので、課題を与えて確認することが重要です。
また、テストを行うことで、会社側にとっても「どこまでできる人材なのか」を把握できます。仮に期待よりレベルが低かったとしても、それを前提に業務設計や教育計画を立てることができれば、入社後の不満は大きく減ります。
「テストをすると応募者が嫌がるのではないか」と心配される会社経営者もいらっしゃいます。しかし、実務上は、真剣に働く意思のある人ほど、業務内容を明確にしてくれる会社を評価する傾向があります。
逆に、重要な業務について何の確認もしないまま採用してしまうと、入社後に「話が違う」「期待されているレベルが高すぎる」と感じさせてしまい、早期退職につながります。
「できると言っていたのにできない」というトラブルは、採用段階でほぼ防ぐことが可能です。会社経営者としては、信頼と確認を混同せず、実務的な視点で採用判断を行うことが重要です。
9. 専門職・ゼネラリスト採用それぞれにおける考え方
採用を考える際、会社経営者が悩みやすいのが「専門職として採用するのか」「ゼネラリストとして採用するのか」という点です。どちらの採用にもメリットはありますが、早期退職を防ぐという観点では、それぞれ注意すべきポイントがあります。
まず専門職採用の場合です。特定の分野で高い能力を発揮できる人材は、会社にとって大きな戦力になります。ただし、その能力が活かされない業務に配置されると、強い不満を抱きやすくなります。
専門性の高い人材ほど、「自分が何のために採用されたのか」を敏感に感じ取ります。そのため、採用時に想定していた業務と異なる仕事を任せると、短期間で退職してしまうリスクが高まります。専門職として採用するのであれば、その専門性を活かす配置を継続する覚悟が必要です。
一方、ゼネラリスト採用の場合でも、「何でもできそうだから」という理由だけで採用するのは危険です。ゼネラリストに向いている人には一定の傾向があります。複数の業務に対して極端な苦手分野がなく、平均的に対応できることが重要です。
会社経営者としては、「どの業務を任せる可能性があるのか」を現実的に想定し、それらに対して一定水準の適性があるかどうかを採用段階で確認する必要があります。ゼネラリスト採用であっても、適性確認を省略してよいわけではありません。
また、「何か一つ突出した強みを持つ人材を採りたい」という考え方もあります。この判断自体は否定されるものではありませんが、その場合は配置や評価の設計を慎重に行う必要があります。強みを活かせない業務に配置すると、早期退職につながりやすくなります。
専門職であれゼネラリストであれ、共通して重要なのは「採用時の想定と入社後の現実を一致させること」です。この一致が崩れるほど、社員は不満を抱えやすくなります。
長く働いてもらうためには、「どのような役割を期待しているのか」「どの業務を中心に任せるのか」を、採用段階で明確にし、その前提を崩さないことが、会社経営者に求められる姿勢です。
10. 会社経営者が採用で失敗しないための総まとめ
ここまで、「すぐに退職してしまう社員」を生まないために、会社経営者が採用段階で意識すべきポイントについて解説してきました。改めて強調したいのは、早期退職の多くは偶然ではなく、採用時点ですでに原因が作られているという点です。
給与や福利厚生、制度設計は確かに重要です。しかし、それだけで社員が長く働き続けるわけではありません。企業風土と本人の価値観が合っているか、担当業務と適性が一致しているか、この2点が欠けていれば、どれだけ条件が良くても退職のリスクは高まります。
会社経営者がまず行うべきなのは、自社の企業風土を正しく理解し、それに合う人物像を言語化することです。そのうえで、採用選考を「なんとなく」ではなく、明確な基準に基づいて行う必要があります。
また、担当業務についても、「できるはず」「慣れれば大丈夫」といった希望的観測ではなく、採用段階で客観的に確認する姿勢が重要です。テストや課題を通じて適性を見極めることは、会社にとっても、採用される側にとっても、将来的な不幸を防ぐための合理的な判断です。
企業風土を変えるために異質な人材を採用する場合や、突出した能力を持つ人材を採用する場合には、例外的な対応が必要になります。その際は、「どのように活躍してもらうのか」「どのように守るのか」を事前に設計しておかなければなりません。
すぐに退職されてしまうと、会社経営者は「見る目がなかった」「また失敗した」と感じてしまいがちです。しかし、問題は個人の見る目ではなく、採用プロセスそのものにあるケースが大半です。
採用基準を明確にし、企業風土と業務適性を重視した判断を行うことで、早期退職は確実に減らすことができます。魔法のような方法はありませんが、会社経営者が採用段階で意識を変えるだけで、結果は大きく変わります。
せっかく縁があって採用する社員です。長く、安心して働いてもらうためにも、採用の段階から「辞めにくい構造」を意識した判断を行ってください。
最終更新日2026/2/9

