残業代請求への対応

 会社経営者の皆様、残業代を請求されてお困りではありませんか?
 弁護士法人四谷麹町法律事務所は、会社経営者が抱える労働問題のストレスを緩和したいという強い思いを持っており、オンライン(Zoom、Teams)打合せを活用して、日本全国各地の会社経営者のために、残業代、問題社員、懲戒処分、退職、解雇、労働審判、団体交渉の対応等の労働問題の予防解決を行っています。
 会社経営者を悩ます残業代請求への対応は、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談ください。
 会社経営者向けに、オンライン経営労働相談事務所会議室での経営労働相談を実施しています。

弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎

目 次

残業代を請求された場合の基本的対応

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残業代の支払に関し何らかの不満が表明された場合 Menu

 残業代の支払に関し、社員から何らかの不満が表明された場合、それを放置されたままにしてはいけません。残業代の支払に関し不満があるようでは、仕事に打ち込むモチベーションが低くなりがちですし、仮に、未払残業代があるのであれば、いつ残業代を請求されるか分からない危険な状況に置かれていることになるからです。未払残業代があるかどうかを正確に計算して確認しなければなりません。また、今後も未払残業代が生じ得る状況にあるのであれば、労働時間管理、賃金制度を改善して未払残業代が発生しないようにしなければなりません。
 残業代の支払に関し、社員から何らかの不満が表明された場合に行わなければならないのは、主に以下の2点です。
  未払残業代を計算して未払残業代の有無、額を確認し、未払残業代の支払を検討すること
  現在の労働時間管理、賃金制度が、未払残業代を発生させるようなものになっていないかを確認し、未払残業代を発生させるようなものになっている場合は是正すること

未払残業代の支払を要求する内容証明郵便等の通知書が届いた場合 Menu

 未払残業代の支払を要求する内容証明郵便等の通知書が届いた場合、その請求の対応が必要となりますが、未払残業代の有無、金額が分からなければ、的確な対応をすることはできません。また、未払残業代が発生し続けているような労働時間管理、賃金制度のまま、個別の紛争を解決しても、絶えず追加請求のリスクにさらされ続けることになりますので、個別請求の対応以上に、それ以上未払残業代が発生しない労働時間管理、賃金制度とすることが重要となります。
 したがって、未払残業代の支払を要求する内容証明郵便等の通知書が届いた場合についても、以下の2点の対応が必要となります。
 ① 未払残業代を計算して未払残業代の有無、額を確認し、未払残業代の支払を検討すること
 ② 現在の労働時間管理、賃金制度が、未払残業代を発生させるようなものになっていないかを確認し、未払残業代を発生させるようなものになっている場合は是正すること

労基署から労基法37条違反の残業代不払があるとして是正勧告が出された場合 Menu

 労基署から労基法37条違反の残業代不払があるとして是正勧告が出された場合、本当に労基法37条に定める残業代の不払があるかどうか、あるとすればその額を確認し、不払がある場合は不払額を支払って労基法37条違反の状態を是正しなければなりません。また、残業代不払の原因として、労働時間管理や賃金制度に問題がある場合は、その是正も必要となります。
 したがって、労基署から労基法37条違反の残業代不払があるとして是正勧告が出された場合も、以下の2点の対応が必要となり、労基法37条違反の状態が是正され次第、労基署に報告する必要があります。
 ① 未払残業代を計算して未払残業代の有無、額を確認し、未払残業代の支払を検討すること
 ② 現在の労働時間管理、賃金制度が、未払残業代を発生させるようなものになっていないかを確認し、未払残業代を発生させるようなものになっている場合は是正すること

社員が合同労組に加入し合同労組から団体交渉の議題として未払残業代の支払を要求された場合 Menu

 社員が合同労組に加入し合同労組から団体交渉の議題として未払残業代の支払を要求された場合、団体交渉特有の注意事項はあるものの、基本的には以下の2点を行う必要があることに変わりありません。
 ① 未払残業代を計算して未払残業代の有無、額を確認し、未払残業代の支払を検討すること
 ② 現在の労働時間管理、賃金制度が、未払残業代を発生させるようなものになっていないかを確認し、未払残業代を発生させるようなものになっている場合は是正すること

労働審判手続が申し立てられて労働審判申立書が裁判所から届いた場合 Menu

 労働審判手続が申し立てられて労働審判申立書が裁判所から届いた場合、速やかに弁護士に依頼して充実した答弁書を作成し、第1回労働審判期日に備えなければなりません。労働審判手続特有の注意点はありますが、以下の2点を行う必要があることに変わりありません。
 ① 未払残業代を計算して未払残業代の有無、額を確認し、未払残業代の支払を検討すること
 ② 現在の労働時間管理、賃金制度が、未払残業代を発生させるようなものになっていないかを確認し、未払残業代を発生させるようなものになっている場合は是正すること

残業代を請求する訴訟を提起され訴状等が裁判所から届いた場合 Menu

 残業代を請求する訴訟を提起され訴状等が裁判所から届いた場合、訴訟手続特有の注意点はありますが、以下の2点を行う必要があることに変わりありません。
 ① 未払残業代を計算して未払残業代の有無、額を確認し、未払残業代の支払を検討すること
 ② 現在の労働時間管理、賃金制度が、未払残業代を発生させるようなものになっていないかを確認し、未払残業代を発生させるようなものになっている場合は是正すること

残業代を請求された場合に共通する基本的対応 Menu

 残業代請求がなされた場合、以下の2点については、共通して行う必要があります。
  未払残業代を計算して未払残業代の有無、額を確認し、未払残業代の支払を検討すること
 ② 現在の労働時間管理、賃金制度が、未払残業代を発生させるようなものになっていないかを確認し、未払残業代を発生させるようなものになっている場合は是正すること
 ポイントは、②を速やかに行うことです。②を放置したまま①の対応を行った場合、第2、第3の未払残業代請求を受けるリスクがそれまで以上に高くなります。

 

未払残業代(割増賃金)の算定

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未払残業代の算定式 Menu

 未払残業代の算定式は、次のとおりです。
  未払残業代=①残業代額-②賃金支払日に支払った残業代額+③遅延損害金-④賃金支払日後に支払った残業代額

①残業代(労基法37条の時間外・休日・深夜割増賃金)の算定式 Menu

 残業代(労基法37条の時間外・休日・深夜割増賃金)の算定式は、次のとおりです。
  労基法施行規則19条1項各号に定める通常の賃金の時間単価×時間外・休日・深夜労働時間数×割増率
 実務上は、次のとおり、時間外・休日・深夜割増賃金の時間単価を計算してから、これに時間外・休日・深夜労働時間数を乗じて残業代を算定するのが通常です。
  ① 労基法施行規則19条1項各号に定める通常の賃金の時間単価を計算(円未満四捨五入)
  ② 通常の賃金の時間単価に割増率を乗じて残業代(時間外・休日・深夜割増賃金)の時間単価を計算(円未満四捨五入)
  ③ 残業代(時間外・休日・深夜割増賃金)の時間単価に時間外・休日・深夜労働時間数を乗じて時間外・休日・深夜割増賃金を計算

【昭和63年3月14日基発150号】
 次の方法は、常に労働者の不利となるものではなく、事務簡便を目的としたものと認められるから、法第24条及び第37条違反としては取り扱わない。
 (一) (省略)
 (二) 1時間当たりの賃金額及び割増賃金額円未満の端数が生じた場合、50銭未満の端数を切り捨て、それ以上を1円に切り上げること。
 (三) 1か月における時間外労働、休日労働、深夜業の各々の割増賃金の総額1円未満の端数が生じた場合、(二)と同様に処理すること。

【きょうとソフト(判タ1436号17頁)】
 「賃金単価は小数点以下を四捨五入することとしている。」
 「割増賃金の計算については、賃金単価は整数値で入力し、各区分の割増賃金を計算する段階で小数点以下を四捨五入することとしている。」
 「歩合給の割増賃金の計算については、歩合給月額を総労働時間で除した賃金単価を計算する段階で小数点以下を四捨五入し、さらに各区分の割増賃金を計算する段階でも小数点以下を四捨五入することとしている。」

通常の賃金の時間単価 Menu

1 通常の賃金の時間単価の計算方法(労基法施行規則19条)
 通常の賃金の時間単価の計算方法は次のとおりです。「固定給」「歩合給」といった大雑把な分類で考えるのではなく、それが「時間によって定められた賃金」なのか、「日によって定められた賃金」なのか、「月によって定められた賃金」なのか、「出来高払制その他の請負制によって定められた賃金」なのかを明確に区別して計算することが重要です。

(1) 時間によって定められた賃金
 時給が、通常の賃金の時間単価となります。
 時給1000円であれば、通常の賃金の時間単価は1000円/時となります。

(2) 日によって定められた賃金
 所定労働時間数が日によって異ならない場合、日給を一日の所定労働時間数で除した金額が、通常の賃金の時間単価となります。
 日給1万円で一日の所定労働時間数が8時間であれば、通常の賃金の時間単価は1万円÷8時間=1250円/時となります。

(3) 月によって定められた賃金
 月によって所定労働時間数が異なる場合、月給を一月平均所定労働時間数で除した金額が、通常の賃金の時間単価となります。
 月給が24万円で一月平均所定労働時間数が160時間であれば、通常の賃金の時間単価は24万円÷160時間=1500円/時となります。

(4) 出来高払制その他の請負制によって定められた賃金
 その賃金計算期間における歩合給額を総労働時間で除した金額が、通常の賃金の時間単価となります。
 歩合給が10万円で総労働時間数が200時間の場合、通常の賃金の時間単価は10万円÷200時間=500円/時となります。

(5) 定め方が異なる賃金が複数ある場合
 それぞれ算定した金額の合計額が、通常の賃金の時間単価となります。
 日によって定められた賃金の時間単価が1250円/時で月によって定められた賃金の時間単価が250円/時であれば、通常の賃金の時間単価は1250円/時+250円/時=1500円/時となります。
 ただし、歩合給に関する時間外・休日割増賃金は、時給・日給・月給等の場合と異なり、割増部分(25%部分等)のみを支払うものであること等から、時給・日給・月給等とは別枠で通常の賃金を計算するのが一般的です。

2 除外賃金
 原則として全ての賃金が残業代(労基法37条の定める割増賃金)計算の基礎となりますが、次の(1)除外賃金、(2)残業代は例外的に残業代計算の基礎から除外されます。

(1) 労基法37条5項・労基法施行規則21条で限定列挙されている家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金等の労働の内容や量と無関係な労働者の個人的事情で変わってくる賃金手当(除外賃金)
 (1)除外賃金に該当するかは、名目のみにとらわれず、その実質に着目して判断されます(昭和22年9月13日発基17号)。名称が「家族手当」「通勤手当」「住宅手当」といった名目で支給されていたとしても、除外賃金に当たるとは限りません。
 除外賃金としての性質を有する「家族手当」とは、「扶養家族数又はこれを基礎とする家族手当額を基準として算出する手当」のことをいい、たとえその名称が物価手当、生活手当等であっても「扶養家族数又はこれを基礎とする家族手当額を基準として算出する手当」であれば「家族手当」として取り扱われます。他方で、「家族手当」という名称であっても扶養家族数に関係なく一律に支給される手当や一家を扶養する者に対し基本給に応じて支払われる手当等は除外賃金としての性質を有する「家族手当」とは認められず、残業代(割増賃金)算定の基礎賃金に入れるべきこととなります。
 除外賃金としての性質を有する「通勤手当」とは、「労働者の通勤距離又は通勤に要する実際費用に応じて算定される手当」をいい、通勤に必要な実費に対応して支給される通勤手当であれば除外賃金に該当しますが、通勤距離や通勤に要する実費とは関係なく一律に支給される通勤手当等は、除外賃金には該当せず、残業代(割増賃金)の基礎となる賃金に算入することになります。
 除外賃金としての性質を有する「住宅手当」とは、住宅に要する費用に応じて算定される手当のことをいいます。したがって、全社員に一律に定額で支給することとされているようなものは、除外賃金としての性質を有する「住宅手当」には該当せず、残業代(割増賃金)計算の基礎賃金に入れるべきこととなります。
 労基法で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約はその部分については無効となり、無効となった部分は労基法で定める基準によることになりますので(労基法13条)、除外賃金に当たらない手当が存在するにもかかわらず、労働契約書で基本給のみを残業代(割増賃金)算定の基礎賃金とする旨定めて合意するなどしても当該合意は無効となり、基本給以外の除外賃金に当たらない手当についても残業代(割増賃金)算定の基礎賃金に加える必要があります。
 労基法違反の就業規則はその部分に関しては労働契約の内容とはならず(労契法13条)労基法が適用されますので、除外賃金に当たらない手当が存在するにもかかわらず、賃金規程で基本給のみを残業代(割増賃金)算定の基礎賃金とする旨定めて周知させるなどしても当該規定は労働契約の内容とはならず、基本給以外の除外賃金に当たらない手当についても残業代(割増賃金)算定の基礎賃金に加える必要があることになります。

【小里機材事件東京高裁昭和60年11月30日判決(上告棄却)】
 「右の割増賃金の目的は、労基法が規定する労働時間及び週休制の原則を定めた趣旨を維持し、同時に、過重な労働に対する労働者への補償を行わせようとするところにあるのであるから、右の6項目の除外賃金は制限的に列挙されているものと解するのが相当であり(もとより、実際に支払われる賃金がこれらに当たるか否かは、名目のみにとらわれず、その実質に着目して判断すべきである。)…記載の被告の主張は採用の限りではない。」

(2) 残業代
 残業代として基礎賃金から除外されるかについても、名目のみにとらわれず、その実質に着目して判断すべきと考えるのが素直であり、残業代として基礎賃金から除外されるためには、残業代としての実質を有している必要があります。残業代の名目で、あるいは賃金規程等で残業代の趣旨で支給する旨規定した上で賃金を支払ったとしても、残業代としての実質を有していなければ、残業代として基礎賃金から除外されませんが、このことは、残業代として基礎賃金から除外されるかどうかと残業代の名目が関係ないということを意味するわけではありません。「営業手当」等、その名目から残業代とは推認できないものについては、賃金規程に当該手当が残業代である旨明記して周知させたり労働契約書にその旨明示して合意したりしておかなければ残業代として基礎賃金から除外されないのが通常ですし、残業代の実質を有しないと判断されるリスクが高くなりやすいので、残業代の名目は「時間外勤務手当」等、名称自体から残業代であることを推認させる名目とすることが望ましいところです。
 労基法37条の定める割増賃金として残業代計算の基礎賃金から除外されるためには、通常の賃金に当たる部分と労基法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要です。

【名古屋地裁平成28年3月30日判決】
 「(2) 基礎賃金から除外される賃金(以下「除外賃金」という。)は、労基法37条5項、労基則21条各号に限定列挙されており、除外賃金に該当するか否かは、名称にかかわらず、実質的に判断すべきところ、長距離手当は、上記限定された除外賃金に当たらない。
 しかし、上記(1)のとおり、労基法所定の計算方法による割増賃金に代えて、一定額の手当を支払ったり、労基法と異なる計算方法による手当を支払ったりすることも、同法所定の割増賃金を下回らない限りは適法であるから、長距離手当が、労基法で支払うべきと規定された割増賃金と同じ性質をもつといえれば、長距離手当は基礎賃金から除外された上、同手当の支払をもって割増賃金の弁済として有効となる(仮に、これを基礎賃金に算入すると、「割増の割増」を認めることとなり、相当でない。)
 (3) そこで検討するに、長距離手当が、労基法で支払うべきと規定された割増賃金と同じ性質をもつといえるためには、① 当該手当(長距離手当)が割増賃金としての実質を有すること、② 当該手当(長距離手当)内に割増賃金としての実質を有する部分とそれ以外の部分(通常の労働時間の賃金に当たる部分)が混在する場合には、割増賃金としての実質を有する部分と、それ以外の部分とを判別でき、労働者において割増賃金として支払われる額が労基法所定の割増賃金の額を下回らないかを判断しうることという要件を満たす必要がある。」

【国際自動車事件最高裁平成29年2月28日判決】
 「そして、使用者が、労働者に対し、時間外労働等の対価として労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するには、労働契約における賃金の定めにつき、それが通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とに判別することができるか否かを検討した上で、そのような判別をすることができる場合に、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討すべきであり(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁、最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁参照)、上記割増賃金として支払われた金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。」

残業代(労基法37条の時間外・休日・深夜割増賃金)の時間単価 Menu

1 時間外割増賃金
(1) 原則
 割増率は25%
 通常の賃金の時間単価が1500円/時であれば、時間外割増賃金の時間単価は、次のとおりとなります。
  1500円/時×1.25=1875円/時
 ただし、歩合給については、割増部分のみが割増賃金の時間単価となるため、歩合給に関する通常の賃金の時間単価が500円/時であれば、歩合給に関する時間外割増賃金の時間単価は、次のとおりとなります。
  500円/時×0.25=125円/時
(2) 60時間を超える時間外労働時間(中小企業は2023年4月施行)
 割増率は50%
 通常の賃金の時間単価が1500円/時であれば、時間外割増賃金の時間単価は、次のとおりとなります。
  1500円/時×1.5=2250円/時
 ただし、歩合給については、割増部分のみが割増賃金の時間単価となるため、歩合給に関する通常の賃金の時間単価が500円/時であれば、歩合給に関する時間外割増賃金の時間単価は、次のとおりとなります。
  500円/時×0.5=250円/時

2 休日割増賃金
 割増率は35%
 通常の賃金の時間単価が1500円/時であれば、休日割増賃金の時間単価は、次のとおりとなります。
  1500円/時×1.35=2025円/時
 ただし、歩合給については、割増部分のみが割増賃金の時間単価となるため、歩合給に関する通常の賃金の時間単価が500円/時であれば、歩合給に関する休日割増賃金の時間単価は、次のとおりとなります。
  500円/時×0.35=175円/時

3 深夜割増賃金
 割増率は25%
 通常の賃金の時間単価が1500円/時であれば、深夜割増賃金の時間単価は、次のとおりとなります。
  1500円/時×0.25=375円/時

4 労基法を超える割増率
 労基法を超える割増率が就業規則等で定められている場合には、その割増率のとおり算定します。

残業時間数(時間外・休日・深夜労働・法内残業時間数) Menu

1 時間外労働時間数
(1) 原則
 時間外労働時間とは、労基法32条の規制を超えて労働させた時間のことをいい、週40時間、1日8時間を超えて労働させた時間は、原則として時間外労働時間に該当します。
 1日8時間超の時間外労働時間としてカウントした時間については、週40時間超の時間外労働時間には重複してカウントしません。
 例えば、日曜日が法定休日の事業場において、月曜日~土曜日に9時間ずつ労働させた場合、月~木に9時間×4日=36時間労働させているから金曜日に4時間を超えて労働した時間から週40時間超の時間外労働になると考えるのではなく、月~金に1時間×5日=5時間の時間外労働のほか8時間×5日=40時間労働させているから土曜日の勤務を開始した時点から週40時間超の時間外労働となると考えることになります。
 日曜日 法定休日
 月曜日 9時間(時間外労働1時間)←1日8時間超
 火曜日 9時間(時間外労働1時間)←1日8時間超
 水曜日 9時間(時間外労働1時間)←1日8時間超
 木曜日 9時間(時間外労働1時間)←1日8時間超
 金曜日 9時間(時間外労働1時間)←1日8時間超
 土曜日 9時間(時間外労働9時間)←週40時間超
(2) 特例措置対象事業場
 ① 物品の販売、配給、保管若しくは賃貸又は理容の事業
 ② 映画の映写、演劇その他興行の事業
 ③ 病者又は虚弱者の治療、看護その他保健衛生の事業
 ④ 旅館、料理店、飲食店、接客業又は娯楽場の事業
のうち、常時10人未満の労働者を使用するもの(特例措置対象事業場)については、1週間については44時間、1日については8時間まで労働させることができます。特例措置対象事業場についても1日8時間を超えて労働させた場合には時間外労働となりますが、1週間については44時間を超えて労働させて初めて時間外労働となります。
 例えば、日曜日を法定休日として月~土に1日9時間ずつ労働させた場合、土曜日に4時間を超えて労働し始めた時点から週44時間超の時間外労働時間となります。
 日曜日 法定休日
 月曜日 9時間(時間外労働1時間)←1日8時間超
 火曜日 9時間(時間外労働1時間)←1日8時間超
 水曜日 9時間(時間外労働1時間)←1日8時間超
 木曜日 9時間(時間外労働1時間)←1日8時間超
 金曜日 9時間(時間外労働1時間)←1日8時間超
 土曜日 9時間(時間外労働5時間)←週44時間超

2 休日労働時間数
 休日労働時間とは、労基法35条の法定休日(原則として1週1休以上)に労働させた時間をいいます。
 日曜日が法定休日の場合、法定休日ではない土曜日や祝祭日に労働させても、ここでいう休日労働には該当しません(週40時間を超えて労働させれば、時間外労働に該当します。)。

3 深夜労働時間数
 深夜労働とは、深夜(22時~5時)に労働させた時間をいいます。

4 法内残業時間数
 所定労働時間を超えて労働させた時間のうち、時間外労働ではない労働時間をいいます。例えば、所定労働時間7時間の会社において、1日7時間を超えて8時間労働した場合の1時間がこれに当たります。
 法内残業時間は、労基法37条の規制対象外ですが、就業規則等に別段の定めがない場合、労働契約上、割増ししない通常の時間単価の賃金を支払う義務があると解釈されるのが通常です。

【大星ビル管理事件最高裁平成14年2月28日第一小法廷判決】
 「労働契約は労働者の労務提供と使用者の賃金支払に基礎を置く有償双務契約であり、労働と賃金の対価関係は労働契約の本質的部分を構成しているというべきであるから、労働契約の合理的解釈としては、労基法上の労働時間に該当すれば、通常は労働契約上の賃金支払の対象となる時間としているものと解するのが相当である。」

残業代の消滅時効期間 Menu

 残業代の消滅時効期間は、当面の間は3年(2020年3月31日までの給料日に支払われるべき残業代は2年)です。
 2022年3月31日までに残業代請求を受けた場合は、過去の残業代の消滅時効期間が2年であることを前提とした対応をすれば足りますが、2022年4月1日以降に残業代請求を受けた場合は、2020年4月1日以降の給料日に支払われるべき残業代の消滅時効期間は3年に延長されていることを理解した上で対応することが必要となります。
 消滅時効期間の起算点は、各賃金支払日の翌日です(「類型別 労働関係訴訟の実務 改訂版 Ⅰ」262頁参照)。
 消滅時効期間を経過している残業代については、消滅時効を援用します。消滅時効の援用が認められた残業代については、支払義務がなくなります。
 内容証明郵便等で残業代の支払を催告された場合、その時から6か月を経過するまでの間は、消滅時効の完成が猶予されます。残業代の支払を催告された場合であっても、催告から6か月以内に労働審判の申立てや訴訟の提起等がなされなかった場合は、消滅時効完成猶予の効力が消失することになります。したがって、内容証明郵便等で残業代の支払を催告された場合、通常は催告から6か月以内に労働審判の申立てや訴訟の提起等がなされることになります。仮に、催告から6か月以内に労働審判の申立てや訴訟の提起等がなされなかった場合は、消滅時効が完成している残業代があるかもしれませんので、消滅時効の援用を検討して下さい。
 未払残業代の存在を承認した場合は、消滅時効の進行がリセットされます。消滅時効期間は、承認したときから3年(2020年3月31日までの給料日に支払われるべき残業代は2年)となります。どういった事情があれば、未払残業代の存在を承認したといえるかは問題となり得ます。事案ごとに丁寧に検討して下さい。
 従来は、残業代の消滅時効期間が2年、不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効期間が3年だったことから、3年分の未払残業代相当額について不法行為に基づく損害賠償請求が行われることがありましたが、特別な事情がない限り請求が認められないこともあり、件数としてはそれほど多くはありませんでした。2020年4月1日以降の給料日に支払われるべき残業代の消滅時効期間が3年に延長されたのに伴い、不法行為に基づく損害賠償請求はさらに減ることが予想されます。

②賃金支払日における残業代の支払 Menu

 各賃金支払日に支払われた残業代は既払金として控除され、不足額がある場合に、不足額部分が各賃金支払日の時点の未払残業代となります。
 労基法37条の割増賃金が支払われたというためには、当該賃金が時間外労働等の対価として支払われたことが必要です。残業代として賃金を支払ったとしても、時間外労働等の対価として支払われたといえなければ、労基法37条の割増賃金が支払われたとは認められません。
 残業代の賃金項目は、「時間外勤務手当」等、名称自体から残業代であることが分かるものとすることをお勧めします。名称自体から残業代であることが分かるようにすることは、時間外労働等の対価として支払われた賃金と評価する方向に作用するプラスの考慮要素となります。もちろん、「営業手当」等、その名称自体からは残業代と分からない賃金項目だったとしても、賃金規程に当該手当が残業代である旨明記して周知させたり労働契約書にその旨明示して合意したりしておけば、残業代の支払として認めてもらえることもあります。しかし、他の事情が全く同じであれば、「時間外勤務手当」等、名称自体から残業代であることが分かる賃金項目とした方が、時間外労働等の対価として支払われた賃金と評価されやすくなります。
 労働基準法37条の割増賃金を支払ったとすることができるというためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができる必要があります。労基法37条の割増賃金を支払う際には、支払われた「金額」が何円なのか、一目見ただけで分かるようにしておいて下さい。
 時給制のパート・アルバイト等に関しては、時間外・休日・深夜労働の対価として時給が支払われており、未払となっているのは割増部分のみであることは珍しくありません。残業代のうち時給部分は支払済みでないかの確認をするようにして下さい。
 日給制のトラック運転手等に関しては、休日労働・週40時間超の時間外労働の対価(休日・時間外割増賃金)として日給が支払われていることが多いです。休日労働・週40時間超の時間外労働が行われた日の対価(休日・時間外割増賃金)として、日給が支払われていないかを確認して下さい。

③未払残業代の遅延損害金 Menu

 各賃金支払日の時点の未払残業代に関し、各賃金支払日の翌日から遅延損害金が発生します。利率は、株式会社、有限会社等の営利を目的とした法人は年6%、社会福祉法人、信用金庫等の営利を目的としない法人は年5%です。
 退職後の遅延損害金の利率は、年14.6%になる可能性があります。ただし、「支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し、合理的な理由により、裁判所又は労働委員会で争っていること。」等、賃金の支払の確保等に関する法律施行規則6条各号の事由に該当することを主張立証できた場合は、その事由の存する期間については、原則どおり年6%または年5%の利率が適用されます。
 退職後の遅延損害金の利率として年14.6%の割合による金員の請求を受けている場合で、未払残業代存在を争う合理的な理由があると考えられる場合等は、「支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し、合理的な理由により、裁判所又は労働委員会で争っていること。」等の主張立証を忘れないようにして下さい。

付加金 Menu

 裁判所は、労基法37条の割増賃金を支払わなかった使用者に対して、労働者の請求により、未払割増賃金に加え、これと同一額の付加金の支払を判決で命じることができます。未払割増賃金と同額の付加金の支払が命じられることが多いですが、付加金の支払を命じるかどうか、付加金を減額するかどうかは、裁判所の裁量に委ねられていますので、付加金の支払を命じるのが相当でない事情があるのであれば、その事情を主張立証しておくようにしましょう。
 付加金の請求期間は、当分の間は3年(2020年3月31日までの給料日に支払われるべき残業代の付加金は2年)です。
 付加金の請求期間は除斥期間であって消滅時効期間ではないため、付加金を請求しようとする労働者は、内容証明郵便等で請求するだけでは足りず、期間内に労働審判を申し立てたり訴訟を提起したりする必要があります。
 労働審判委員会は「裁判所」ではありませんので、労働審判において付加金の支払が命じられる余地はありませんが、訴訟に移行した場合に備えて、除斥期間を遵守する目的で、労働審判手続申立書に付加金の支払を請求する旨記載されているのが通常です。
 訴訟において、事実審の口頭弁論終結時までに未払割増賃金全額を支払い、その旨の主張立証をした場合は、判決で付加金の支払を命じられることはありません(甲野堂薬局事件最高裁平成26年3月6日第一小法廷判決参照)。他方、事実審の口頭弁論終結「後」に未払割増賃金全額を支払ったというだけでは、判決で支払を命じられた付加金の支払義務を免れることはできません(損保ジャパン日本興亜(付加金支払請求異議)事件東京地裁平成28年10月14日判決参照)。
 第一審判決で付加金の支払を命じられた場合であっても、控訴して判決で支払を命じられた未払割増賃金全額を確定的に支払い、控訴審の口頭弁論終結時(多くの場合、第1回口頭弁論期日終結時)までにその旨主張立証すれば、控訴審判決が第一審判決より増額された未払割増賃金を認定しない限り、付加金の支払を回避することができます(控訴審判決が第一審判決より増額された未払割増賃金を認定した場合は、増額部分について付加金の支払を命じられる可能性はあります。)。

④賃金支払日後における残業代の支払 Menu

 係争中であっても、存在する蓋然性が高い未払残業代の額を給与振込先口座に振り込むなどして支払うことがあります。未払残業代の額が減れば、以後の遅延損害金の発生を防止することができますし、労基法37条の割増賃金の未払額が減れば、判決で支払を命じられる付加金の額を減らすことができます。
 特に、第一審判決で付加金の支払を命じられた場合は、付加金の支払を余儀なくされるリスクが高まっていると言わざるを得ません。付加金の支払義務を免れるため、控訴して判決で支払を命じられた未払割増賃金全額を確定的に支払い、控訴理由書にその旨を記載するとともに支払を立証する証拠を提出するなどの対応を検討するとよいでしょう(検討した結果、何を選択するかは別の話です。)。

 

労働時間

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労基法上の労働時間 Menu

 労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいいます。そして、労基法上の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めの如何により決定されるべきものではありません。
 労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当します。
 労基法上の労働時間に該当するかが争われることが多いのは、仕事をしたかどうかに争いのある始業時刻前・休憩時間・終業時刻後の在社時間、手待時間、移動時間、教育訓練の時間等です。

【三菱重工長崎造船所事件最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決】
 「労働基準法…32条の労働時間(以下「労働基準法上の労働時間」という。)とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、右の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではないと解するのが相当である。」
 「労働者が、就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内において行うことを使用者から義務付けられ、又はこれを余儀なくされたときは、当該行為を所定労働時間外において行うものとされている場合であっても、当該行為は、特段の事情のない限り、使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができ、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の労働時間に該当すると解される。」

労働時間の認定 Menu

 労働時間は、原則として、「一日の労働時間の開始時刻から終了時刻までの拘束時間-休憩時間」で、一日ごとに認定されます。
 タイムカード、ICカード等の客観的な記録がある場合は、原則としてタイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として、一日の労働時間の開始時刻・終了時刻・休憩時間が認定されます。自己申告制を採用し、日報等が存在する場合も、原則として日報等を基礎として一日の労働時間の開始時刻・終了時刻・休憩時間が認定されます。
 ただし、タイムカード、ICカード等の客観的な記録や自己申告の内容が、実際の一日の労働時間の開始時刻・終了時刻・休憩時間と大きく乖離している場合には、これらを基礎として一日の労働時間の開始時刻・終了時刻・休憩時間を認定することはできません。必要に応じて実態調査を実施し、所要の労働時間を補正するなどして、適正に実際の一日の労働時間の開始時刻・終了時刻・休憩時間を管理しましょう。
 タイムカード、ICカード等の客観的な記録も自己申告された日報等も存在しない場合であっても、日記等により一応の労働時間の立証がなされたのに対し使用者が有効な反証ができないと、日記等の証明力の低い証拠だけで労働時間が認定されることがあります。

通勤時間の労働時間性 Menu

 通勤は、労働者が労働力を使用者のもとへ持参するための債務の履行の準備行為であって、使用者の指揮命令下に入っていない労務提供以前の段階に過ぎませんので、通勤時間は労働時間に該当しません。
 高栄建設事件東京地裁平成10年11月16日判決においても、労働者が会社の提供するバスに乗って寮と就業場所を往復していた時間について、「寮から各工事現場までの往復の時間はいわゆる通勤の延長ないしは拘束時間中の自由時間ともいうべきものである以上、これについては原則として賃金を発生させる労働時間にあたらないものというべきである」と述べており、単に通勤方法について一定の拘束を受けていたというだけでは、使用者の指揮命令下におかれているとは認めていません。

直行直帰の移動時間の労働時間性 Menu

 直行直帰とは、いったん会社に出勤してそこから使用者の業務命令により作業現場や得意先などの目的地に移動するのではなく、会社を経由することによる無駄を省くためなどの理由から直接自宅から目的地に移動し、目的地から直接自宅に移動することをいいます。
 通常の直行直帰の時間は、実際の労務提供は目的地で開始されるものであること、目的地までの移動は準備行為と考えることができること、移動時間中の過ごし方を自由に決めることができることなどから、使用者の指揮命令が及んでおらず、労基法上の労働時間には該当しないと評価することができます。
 もっとも、作業現場等への移動自体が業務といえるような場合には、労基法上の労働時間と評価されますので、安易に直行直帰を認めるべきではなく、恒常的に直行直帰を認めるのが適切かどうかについて個別の検討が必要となります。

手待時間の労働時間性 Menu

 使用者の指示があれば直ちに作業をしなければならず、使用者の指揮監督下に置かれている時間を「手待時間」といいます。手待時間は、現実には仕事をしていない時間ですが、使用者の指示があれば直ちに作業をしなければならない点で使用者の指揮命令下に置かれているため、労基法上の労働時間に該当します。使用者の指示があれば直ちに作業をしなければならない点で、使用者の指揮監督から離脱し、労働者が自由に利用できる時間である休憩時間とは異なります。
 労基法でも、作業時間と手待時間が交互に繰り返される断続的労働について、労働時間規制の例外としていますが、手待時間も労基法上の労働時間に含まれることを前提としていると考えられます。
 手待時間と休憩時間の区別については、場所的拘束の有無や程度、使用者の指揮命令の具体的内容、実作業の必要性から生じる頻度や実作業に要する時間等の判断要素を踏まえて、個別具体的に判断していくことになります。

緊急対応のための待機時間の労働時間性 Menu

 緊急対応のための待機時間についても、それが使用者の指揮命令下に置かれているか否かにより、労基法上の労働時間に該当するか否かを判断することになります。
 自宅での待機時間については、待機中も制服の着用を求めたり仮眠を禁止したりするなど、待機中の過ごし方を強く拘束されている場合や頻繁に緊急対応しなければならないような場合でなければ、労基法上の労働時間には該当しないものがほとんどと考えられます。

研修や勉強会の時間の労働時間性 Menu

 研修や勉強会の時間は、 純然たる自由参加で、社員が参加しなくても何の不利益も課されず、業務に具体的な支障が生じないようなものであれば、研修等に要した時間は労基法上の労働時間には該当しません。
 他方で、
 ① 使用者が研修への参加を義務付けている場合
 ② 使用者が参加を義務付けないとしても不参加の場合に賃金や人事考課等で不利益を受けたりする場合
 ③ 使用者の義務付けや不利益を受けることがなくても研修の内容が業務と密接な場合
 ④ 研修を受けないと業務に支障が生じる場合
等の場合には、使用者の指揮命令下に置かれているものとして、労基法上の労働時間と評価される可能性が高くなります。

一般健康診断の労働時間性 Menu

 一般健康診断に関し、「健康診断の受診に要した時間についての賃金の支払については、労働者一般に対して行われるいわゆる一般健康診断は、一般的な健康の確保をはかることを目的として事業者にその実施義務を課したものであり、業務遂行との関連において行われるものではないので、その受診のために要した時間については、当然には事業者の負担すべきものではなく、労使協議して定めるべきものであるが、労働者の健康の確保は、事業の円滑な運営の不可欠な条件であることを考えると、その受診に要した時間の賃金を事業者が支払うことが望ましい」とする通達が存在します。同通達は、一般健康診断に要する時間が労基法上の労働時間には該当しないという理解を前提としているものと考えられます。
 一般論としては、一般健康診断に要する時間は、労基法上の労働時間には該当しないことがあるとは思いますが、業務命令により一般健康診断の受診を命じたような場合は、労基法上の労働時間に該当するとも考えられ、一般健康診断に要する時間が労基法上の労働時間に該当するかどうかは、事案ごとに判断していくほかないものと思われます。
 なお、労働者が使用者が行う一般健康診断を受診せず、他の医師等の行う健康診断を受けた場合(安衛法66条5項参照)は、労働者は使用者の指揮監督下に置かれていないものとして、その受診時間は労基法上の労働時間には該当しないものと考えられます。

喫煙時間の労働時間性 Menu

 喫煙には業務性がないのが通常ですから、喫煙時間は労基法上の労働時間ではありません。もっとも、所定労働時間におけるトイレ休憩と同様、最小限の喫煙を黙認している職場もありますし、喫煙のため業務を離脱した時間の立証は困難なことが多いですので、仕事の合間に喫煙していたとしても、まとまった時間、仕事から離脱したような場合でない限り、所定の休憩時間を超えて労働時間から差し引いてもらうのは難しいのが実情です。
 喫煙の管理として、例えば、喫煙する際は必ずその旨及び行き先を明示することを労働者に義務付けたり、1日当たりの回数や時間の上限を定め、これに大きく逸脱した場合には、職務専念義務違反として注意指導や懲戒処分などのペナルティを課すなど、喫煙のルールを設定することが考えられます。

接待ゴルフの労働時間性 Menu

 日本では、ゴルフを通じた社交が企業文化として根付いているため、使用者が労働者のゴルフ代や旅費を負担し、参加を奨励することが多く行われています。
 接待ゴルフといっても主な目的はゴルフのプレーであることから、仮に、使用者から参加を義務付けられていたり、会社が費用を負担していたとしても、プレー中に労働者が使用者の指揮命令下に置かれているとはいえないのが通常です。ゴルフのプレー中に具体的な商談が予定されていて特定の労働者が必ず参加しなければいけないような場合でない限り、接待ゴルフの時間は労働時間に該当しないものと考えます。

 

弾力的な労働時間制・適用除外者等

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変形労働時間制 Menu

 労基法32条の法定労働時間よりも労働時間が多い週・日もあれば、少ない週・日もある場合には、変形労働時間制を採用することは、時間外割増賃金請求に対する抗弁となり得ます。もっとも、恒常的に法定労働時間を超える残業がある場合には、変形労働時間制を採用しても時間外労働時間数を抑制することはできません。法定休日に労働させれば休日割増賃金の支払が、深夜に労働させれば深夜割増賃金の支払が必要となることに変わりありません。
 変形労働時間制を採用する場合には、労使協定の締結・届出等や、各日の所定労働時間の特定が必要となります。所定の手続を怠った場合は、変形労働時間制は無効となり、原則どおり労基法32条の法定労働時間が適用されることになります。労基法上の適法要件となっている手続を取らずに法定労働時間を超える所定労働時間のシフト制を採用している事例、労働者代表の選任手続が適切になされていないため労使協定が無効になりその結果として変形労働時間制も無効となっている事例、各日の所定労働時間の特定がなされていないため変形労働時間制が無効となっている事例、変形労働時間制を採用すれば週40時間を超えて労働させなければ1日何時間労働させても時間外労働にはならないと誤解されている事例等が散見されます。無効な変形労働時間制を採用しても、時間外割増賃金請求に対する抗弁にはなりませんので、変形労働時間制を採用する場合は、弁護士法人四谷麹町法律事務所にご相談下さい。

フレックスタイム制 Menu

 フレックスタイム制は、労使協定の定める1か月などの単位期間について、一定の時間数労働することを条件に、始業・終業時刻を個々の労働者が自ら決定する労働時間制です。
 フレックスタイム制では、始業・終業時刻を自由に選択できる時間帯(フレキシブルタイム)と、必ず勤務すべき時間帯(コアタイム)を定めるのが一般的です。
 フレックスタイム制で時間外労働となるのは、清算期間内における実労働時間が清算期間における法定労働時間の総枠を超えた場合です。

事業場外労働のみなし労働時間制 Menu

 事業場外労働のみなし労働時間制が適用される場合、通常は所定労働時間内(所定労働時間が8時間の場合は、8時間以内)で当該業務が終わる場合は、所定労働時間(8時間)労働したものとみなされます。通常は所定労働時間を超えて(例えば、10時間)労働することが必要となる場合については、所定労働時間ではなく、当該業務の遂行に通常必要とされる時間(10時間)労働したものとみなされます。法定休日に労働させれば休日割増賃金の支払が、深夜に労働させれば深夜割増賃金の支払が必要となることに変わりはありません。
 「労働時間を算定し難いとき」という要件を満たすかが議論されることが多いですが、事業場外労働のみなし労働時間制の適用要件を満たしたとしても、通常所定労働時間を超えて(例えば、10時間)労働することが必要となる場合には、当該業務の遂行に通常必要とされる時間(10時間)労働したものとみなされますので、議論の実益がある場面は、当該業務の遂行に通常必要とされる時間を超えて労働させたような事例に限定されます。
 他方、通常必要となる労働時間労働したものとみなして時間外割増賃金を支払ってさえいれば、「労働時間を算定し難いとき」という要件を満たさない等の理由から事業場外労働のみなし労働時間制の適用が否定されたとしても、発生した時間外割増賃金のほとんどをカバーすることができますので、残業代の追加支払のリスクを相当程度抑制することができます。

【阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件東京地裁平成22年7月2日判決】
 「本件添乗業務は、『労働時間を算定し難いとき』に該当する。」
 「本条1項ただし書きの『業務の遂行に通常必要とされる時間』も、2項、3項と同様に解釈され、一定の時間を意味すると解すべきである。」
 「そして、本条が『通常』必要とされる時間と規定していることから、各日の状況や従事する労働者等により実際に必要とされる時間には差異があっても、平均的にみて当該業務の遂行に必要とされる時間を意味すると解される。」
 「以上に照らせば、本件各コースにおいて、『業務の遂行上通常必要とされる時間』は、11時間と認められる。」

【阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第3)事件東京地裁平成22年9月29日判決】
 「原告らによる添乗業務については、社会通念上『労働時間を算定し難いとき』に該当し、本件みなし制度が適用されるというべきである。」
 「労働基準法38条の2第1項但書は、『通常必要とされる時間』という文言を用いており、国会における審議内容にかんがみても、同法は個別具体的な事情を捨象した上でみなし労働時間を判定することを予定しているものと解される。そうすると、労働者の個性や業務遂行の現実的経過に起因して、実際の労働時間に差異が生じ得るとしても、(実労働時間の把握が困難である以上、)基本的には、個別具体的な事情は捨象し、いわば平均的な業務内容及び労働者を前提として、その遂行に通常必要とされる時間を算定し、これをみなし労働時間とすることを予定しているものと解される。」
 「ただし、前述したとおり、労働基準法は、事業場外労働の性質にかんがみて、本件みなし制度によって、使用者が労働時間を把握・算定する義務を一部免除したものにすぎないのであるから、同法は、本件みなし制度の適用結果(みなし労働時間)が、現実の労働時間と大きく乖離しないことを予定(想定)しているものと解される。すなわち、労働時間を把握することが困難であるとして、本件みなし制度が適用される以上、現実の労働時間との差異自体を問題とすることは相当でないが、他方において、本件みなし制度は、当該業務から通常想定される労働時間が、現実の労働時間に近似するという前提に立った上で便宜上の算定方法を許容したものであるから、みなし労働時間の判定に当たっては、現実の労働時間と大きく乖離しないように留意する必要があるというべきである。」
 「以上の事情を総合考慮し、当裁判所は、原告らの添乗業務における『みなし労働時間』について、原告らの従事した添乗業務(ツアー)ごとに判定するという方法を採用することとした。具体的には、前述したとおり、添乗日報は、旅程の消化状況を概ね反映しているものと解されることから、原則として、添乗日報の記載を基準として、始業時刻と終業時刻を判定し、適宜休憩時間を控除することとし、添乗日報がない場合において、行程表や最終日程表を補助的に用いるという方法を採用した。」

裁量労働制 Menu

 労基法上の裁量労働制には専門業務型裁量労働制と企画業務型裁量労働制の2種類があります。いずれも労基法で定める要件を満たせば、実労働時間にかかわらず、みなし労働時間が1日の労働時間となるため、時間外割増賃金の請求に対し抗弁となり得ます。法定休日に労働させれば休日割増賃金の支払が、深夜に労働させれば深夜割増賃金の支払が必要となることに変わりはありません。いずれも適用対象業務が限定されており、労基法所定の要件を満たさなければ効力が生じません。
 裁量労働制のみなし労働時間は所定労働時間みなしとすることが多いですが、実態に合ったみなし労働時間とすることをお勧めします。これは単に労基署対応が楽になるというだけの話ではなく、追加で残業代を支払わなければならなくなるリスクを相当程度軽減することができるという民事上のメリットがあります。例えば、実態として一日平均10時間労働しているような場合に、裁量労働制が要件を欠き無効と判断された場合、所定労働時間みなしだと1日当たり2時間分の時間外割増賃金が未払となってしまいますが、1日10時間みなしであれば、発生した時間外割増賃金のほとんどをカバーすることができるというメリットがあります。

管理監督者 Menu

 労基法上の管理監督者に該当する場合は、労働時間規制の対象から除外されるため、時間外・休日に労働させても時間外・休日割増賃金を支払う義務はなく、深夜労働時間を把握して、深夜割増賃金を支払えば足ります。
 管理監督者は、一般に、「労働条件の決定その他労務管理について、経営者と一体的な立場にある者」をいうとされ、管理監督者であるかどうかは、労働条件の最低基準を定めた労基法の労働時間等についての規制の枠を超えて活動することが要請されざるをえない重要な職務と責任を有し、これらの規制になじまない立場にあるといえるかを、役付者の名称にとらわれずに、実態に即して判断されることになります。
 管理監督者性に関する裁判例としては、店長の管理監督者性を否定した日本マクドナルド事件東京地裁平成20年1月28日判決が著名ですが、『労働事件事実認定重要判決50選』146頁以下において、西村康一郎裁判官(東京地裁民事19部)は、「総店長」の管理監督者性を肯定した高裁レベルの判決であることぶき事件東京高裁平成20年11月11日判決を中心に検討しています。

【『労働事件事実認定重要判決50選』158頁(西村康一郎裁判官(東京地裁民事19部)】
 「管理監督者性が認められた裁判例は少ないのが実情であるが、肯定例の内容をつぶさにみると、いずれもさほど特異な例とは思われないし、行政通達で具体化された内容をみても、同様の印象を抱く。使用者側としては、どうせ管理監督者性は認められないから、などと過度に萎縮する必要はないものと思われるし、仮に管理監督者性が認められないとしても、裁判所に対し、企業の中での当該管理職の立ち位置を具体的に示し、その待遇としても十分なものが与えられていることを示すことは、付加金支払義務の関係においても意味のあることと思われる。使用者側としては、その意味で、企業内での当該管理職の序列なども十分立証して、裁判所の説得を試みるべきであろう。」

【ことぶき事件東京高裁平成20年11月11日判決】
 「管理監督者とは、一般には労務管理について経営者と一体的な立場にある者を意味すると解されているが、管理監督者に該当する労働者については労基法の労働時間、休憩及び休日に関する規定は適用されないのであるから、役付者が管理監督者に該当するか否かについては、労働条件の最低基準を定めた労基法の上記労働時間等についての規制の枠を超えて活動することが要請されざるをえない重要な職務と責任を有し、これらの規制になじまない立場にあるといえるかを、役付者の名称にとらわれずに、実態に即して判断しなければならない。
 前記2に認定した事実によれば、第一審被告(昭和39年○月生)は、平成8年4月に第一審原告に入社し、平成13年ころには前任者のAに代わって第一審原告の総店長の地位に就いた者であって、総店長に就任後は、①第一審原告において代表取締役である甲野(大正9年○月生)に次ぐナンバー2の地位にあったものであり、高齢の甲野を補佐して第一審原告の経営する理美容業の各店舖(リプル店を含めて5店舗)と5名の店長を統括するという重要な立場にあり(第一審被告もその陳述書(〈証拠略〉)において、各店舖の売り上げを伸ばすにはどうすればよいかを考える立場にあり、各店舗の店長達と目標や改善策を協議した結果を甲野に報告していたことを自認している。)、②第一審原告の人事等その経営に係る事項については最終的には甲野の判断で決定されていたとはいえ、第一審被告は甲野から各店舗の改善策や従業員の配置等といった重要な事項について実際に意見を聞かれていたのであり(平成17年4月のリプル店の開店に際しても、甲野はリプル店の開店計画について第一審被告の了解を得た上で初めてその計画を実行に移している。)、③平成16年11月以降は毎月営業時間外に開かれる店長会議に甲野とともに出席しており、④その待遇面においても、店長手当として他の店長の3倍に当たる月額3万円の支給を受けており、基本給についても平成16年4月に従前の基本給から1割が減額されて39万0600円となったとはいえ、少なくとも上記の基本給の減額前においては他の店長の約1.5倍程度の給与の支給を受けていたのであるから、第一審原告において総店長として不十分とはいえない待遇を受けていたということができるのである。
 これらの実態に照らせば、第一審被告は、第一審原告の総店長として、名実ともに労務管理について経営者と一体的な立場にあった者ということができ、労基法に定められた規制の枠を超えて活動することが要請されざるをえない重要な職務と責任を有していて、これらの規制になじまない立場にあったものと認めることができるから、労基法41条2号の管理監督者に該当するものと認めるのが相当である。これに反する第一審被告の主張は採用できない。
 なお、第一審被告のリプル店における勤務の実際については、前記2に認定したとおり、通常は、リプル店の営業時間に合わせて、平日は午前10時、土曜日と日曜日は午前9時に出勤(出店)し、午後7時半に退社(退店)していたことから、第一審原告ヘの出退社時間についてリプル店の営業時間に拘束されていたようにも受け取れるが、このことは、第一審被告がリプル店においてその店長(B)や他の従業員と同様に顧客に対する理美容業務をも担当していたことからくる合理的な制約であるから、第一審被告が管理監督者に該当するとの上記の判断を左右するものではないというべきである。」

労基法上の労働者 Menu

 割増賃金の支払について定めた労基法37条が適用されるのは、労基法9条の「労働者」ですから、労基法上の労働者に該当しない個人事業主等は、労基法37条に基づき残業代を請求することはできません。他方、契約形式が請負や業務委託だったとしても、注文主等と「個人事業主」等との間に使用従属性が認められれば、「個人事業主」等は労基法上の労働者と評価され、労基法37条に基づき残業代を請求することができることになります。
  労基法上の労働者に該当するかどうかは、労基法上の労働者性に関する裁判例のほか、昭和60年12月19日付け労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」を参考に、仕事の依頼、業務の従事の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督の有無(業務の内容及び遂行方法に対する指揮命令の有無等)、拘束性の有無、代替性の有無、報酬の労務対償性、事業者性の有無(機械、器具の負担関係、報酬の額等)、専属性の程度等の要素を考慮して判断することが多いです。

 

労働時間管理の是正

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必要のない残業をさせずに退勤させる Menu

 残業の必要性をよく調べてみたところ、従来の残業時間ほど残業させる必要性はないことが判明することは珍しくありません。残業の必要性をよく調査し、残業させる必要性が低いことが判明したら、残業させずに退勤させるようにして下さい。
 残業させる必要性が低い場合は、早く帰るよう声がけするだけでなく、「現実に」退勤させることがポイントです。必要のない残業をさせることが問題となる事例の多くは、「早く帰れよ。」などと声がけするだけで、現実には早く帰らないのを放置している事例です。
 「早く帰れよ。」と声がけすることは抵抗なくできても、残業している社員を現実に帰すよう説得することは、気まずいせいか、なかなかできない上司が多いというのが実情のようです。しかし、必要のない残業をさせずに退勤させることも上司の仕事の一部です。現実に残業をやめさせて退勤させようとしたら、部下の反発を買うのではないか、気まずくて言い出せない、どうしても気が乗らない、などと感じる気持ちは分かりますが、そういった心理的抵抗を乗り越えられるよう努力して下さい。

「早く帰るように言っているのに,なかなか帰ってもらえない。」という悩みにはどう対処すべきか Menu

  「早く帰るように言っているのに、なかなか帰ってもらえない。」といった相談を受けることが多いですが、この言い回しは、誤解に基づいた日本語表現です。なぜなら、残業させずに退勤させるか、残業させるのかを決めるのは雇用主であって、働いている社員ではないからです。この言葉は、「社員には残業せずに早く帰って欲しいのだが、どうすれば早く帰ってもらえるのか、自分には対処法が分からない。」といった程度の意味しか持ち得ません。
 社員に残業せずに早く帰って欲しいのであれば、自分がどのように行動すれば、部下が残業せずに早く退勤してくれるのかよく考え、行動に移しましょう。部下に残業させずに退勤させるかどうかを決めるのは上司の仕事であって、部下が残業するかどうかを決めるのではないのです。

「定額残業代(固定残業代)を導入すれば,残業代を稼ぐために残業する社員が減るから,無駄な残業を抑制することができる。」という考えの問題点 Menu

 「定額残業代(固定残業代)を導入すれば、残業代を稼ぐために残業する社員が減るから、無駄な残業を抑制することができる。」と考える会社経営者は珍しくありません。この考えの根底には、残業するかどうかを決めるのは社員であるとの誤解や、社員が無駄な残業をするのは残業代目当てという発想があります。
 残業させるかどうかを決めるのは雇い主の仕事であって、残業している社員が決めることではないのですから、社員が残業した場合に残業代を稼げることは、雇い主が社員に残業させた結果に過ぎず、社員が選択して獲得した結果ではありません。社員に対し一定の時間断りなく残業する裁量を与えることはあり得ますが、残業の裁量を与えたこと自体が雇用主の判断ですし、雇用主に労働時間を把握する義務があることに変わりありません。
 また、労基法37条が時間外労働等した場合に使用者に割増賃金(残業代)の支払を義務付けている趣旨は、使用者に割増賃金(残業代)を支払わせることによって、①時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、②労働者への補償を行おうとする趣旨によるものです(医療法人社団康心会事件最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決)。「残業すれば残業代がもらえるから無駄な残業が増えるのだ。残業してもしなくてももらえる残業代が変わらなければ、無駄な残業を抑制することができる。」という発想は、最高裁判決が判示している労基法37条の趣旨に反する発想と言わざるを得ません。この発想が成り立つのは、労働時間管理が適切になされておらず、残業する社員が残業するかどうかを決めている実態の会社くらいなのではないかと思います。
 雇い主に残業させるかどうかを決める権限があるのであって、労働者に残業するかどうかを決める権限があるわけではないのですから、本来であれば、「定額残業代(固定残業代)を導入すれば、残業代を稼ぐために残業する社員が減るから、無駄な残業を抑制することができる。」といった結果にはならないはずです。
 労働時間管理が適切になされておらず、残業する社員が残業するかどうかを決めている実態の会社では、定額残業代(固定残業代)を導入することにより結果として残業が減ることもあります。しかし、残業するかどうかを個々の社員に決めさせている実態こそが長時間労働の温床となりやすいですので、残業時間に一定の上限を設け、(個々の社員ではなく)雇用主の責任で現実に遵守させる等の配慮が必要となります。
 
 【医療法人社団康心会事件最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決】
 「労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される」

必要のない残業をしていないかを確認する Menu

  残業する必要性が低いのに、ダラダラと労働密度の低い残業らしきものをした社員から、タイムカードや日報等に基づいた労働時間を前提とした残業代請求を受けて多額の残業代の支払を余儀なくされることがあります。
 このような事案の多くは、タイムカード、ICカード、日報等をその都度確認すれば、必要性の低い残業をしていることが容易に分かるにもかかわらず、十分な確認や対応をせずに残業を放置していた事案です。
 タイムカード、ICカード、日報等を基礎として労働時間を把握し、残業する必要がないと思われるのに残業していることがタイムカード等から読み取れる場合は、残業が必要な理由の説明を求めた上で、説明内容を考慮して残業させるのか残業させないのかを判断して下さい。

仕事をしていない在社時間を抑制する Menu

 在社時間と労働時間は異なる概念であり、在社していたからといってそれが直ちに労働時間と評価されるものではありません。しかし、労働者が社内の仕事をするスペースにいる場合、仕事をしている可能性が高いと事実上推定されることがあります。仕事をしていることが事実上推定されてしまうと、使用者側が有効な反証ができない限り、在社時間が労働時間と評価されてしまいます。仕事をしていない在社時間は、極力抑制するようにすべきでしょう。
 では、具体的にどのように対処すればいいのでしょうか。基本的には、始業時刻前・終業時刻後は、その時間に仕事をする必要がある場合を除き、社内の仕事をするスペースにいることを禁止することで対処します。もちろん、単に仕事をしていない時間の在社を禁止する旨伝えるだけでは足りません。仕事をする必要がないのに在社している社員に対しては、必要以上に早く出社することを禁止したり、就業時刻後はオフィスを出るよう指導して、現実にオフィス内にいないようにしていくことになります。

電車の本数が少ないため早く会社に着いてしまう社員や私用の待ち合わせ時間まで社内に残っていたい社員の対応 Menu

 地域によっては、電車の本数が少なく、1本電車を遅らせると遅刻してしまうので、どうしても早く会社についてしまうといった事案が存在します。また、友人らとの約束の時間まで、社内に残ってから待ち合わせ場所に出向きたいと要望があることもあります。その場合は、どのように対処すればいいのでしょうか?
 最も望ましい対応は、それでもやはり、仕事をしていない在社を認めないことです。職場は仕事をする場所です。仕事をする必要がない在社を認めるべきではないというのが、基本的な考え方であることは間違いありません。仕事をするスペースにいることを認めると、仕事をしていたと後から言われるリスクが生じることは、どうしても避けられません。
 タイムカードの打刻を始業時刻の直前にさせたり、タイムカードを打刻させてから私用での在社を認めるような場合は、ある程度はリスクが軽減されますが、それでも万全とはいえません。労働審判、団体交渉、労働訴訟等において、「タイムカードを打刻する前にも仕事をさせられていた。」「上司の指示で、タイムカードを打刻させられ、その後サービス残業させられた。」といった主張がなされることは、よくあることです。
 会社の方針として、どうしても、仕事をしていない私用での在社を認めたいのであれば、最小限にとどめ、私用での在社理由を説明する文書を提出させたいところです。それすら現実的でない場合は、労働審判、団体交渉、労働訴訟等になれば私用での在社時間が労働時間であると主張されて争点となり、場合によっては労働時間と認定されるリスクを負っていることを覚悟する必要があります。

残業命令に基づかない残業であることを理由として残業代の支払義務を免れられるか Menu

 労基法上の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれた時間をいいます(三菱重工長崎造船所事件最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決)。そして、残業命令に基づかずに仕事をしたとしても、その仕事に要する時間は労働者が使用者の指揮命令下に置かれた時間とはいえませんので、労基法の労働時間ではありません。となると、残業を命じていない場合に残業したとしても、その残業時間は労基法上の労働時間ではないのですから、労基法37条に定める残業代は支払う必要はないようにも思えます。
 しかし、ここでいう「残業命令」は、明示のもののみならず、黙示のものも含まれます。上司が部下が残業していることを知りながら放置していた場合は、黙示の残業命令があったと評価されるのが通常ですので、残業命令に基づかない残業であることを理由として残業代の支払義務を免れることはできません。当該残業に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当することになります。
 (労働審判、団体交渉、労働訴訟等における主張はともかく)事前対応としては、基本的には現実に退勤させることで対応すべきであって、残業命令に基づかない残業であることを理由として残業代の支払義務を免れることを期待した制度設計をすべきではありません。

残業の事前許可制 Menu

 残業する場合には、上司に申告してその決裁を受けなければならない旨就業規則等に定め、実際に、残業の事前許可なく残業することを許さない運用がなされているのであれば、残業の事前許可制は不必要な残業時間の抑制になります。
 しかし、就業規則に残業の事前許可制を定めて周知させたとしても、実際には事前許可なく残業しているのを上司が知りつつ放置しているような職場の場合は、黙示の残業命令により残業させたと認定され、当該残業に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当することになります。残業の事前許可制を採用した場合、事前許可なく残業している従業員を見つけたら、現実に残業を止めさせて帰らせるか、許可申請させて残業を許可するかを判断しなければなりません。
 残業の事前許可制を採用した場合における典型的な失敗事例は、残業の事前許可なく残業しているのを見かけたものの、事前許可がない残業だから残業代を支払わなくてもいいと思い込んで残業を放置していたところ、残業代請求を受けるケースです。事前許可なく残業していることを上司が知りながら放置しているような場合は、黙示の残業命令があったと認定され、当該残業に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労基法上の労働時間に該当すると評価される可能性が高くなります。

残業禁止命令 Menu

 残業をしないよう強く注意指導しても指示に従わない場合は、書面で残業禁止命令を出さなければならないこともあります。
 書面で残業禁止命令を出し、実際に残業禁止を徹底していれば、命令に反して仕事をした時間があったとしても、残業代支払の対象となる労働時間として認められることはほとんどありません。

【神代学園ミューズ音楽院事件東京高裁平成17年3月30日判決[確定]】
 「賃金(割増賃金を含む。以下同じ。)は労働の対償であるから(法11条)、賃金が労働した時間によって算定される場合に、その算定の対象となる労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下にある時間又は使用者の明示又は黙示の指示により業務に従事する時間であると解すべきものである。したがって、使用者の明示の残業禁止の業務命令に反して、労働者が時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても、これを賃金算定の対象となる労働時間と解することはできない。」
 「前記認定のとおり、被告Mは、教務部の従業員に対し、平成13年12月10日以降、朝礼等の機会及び原告G、同F及びO主任を通じる等して、繰り返し36協定が締結されるまで残業を禁止する旨の業務命令を発し、残務がある場合には役職者に引き継ぐことを命じ、この命令を徹底していたものであるから、上記の日以降に原告らが時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても、その時間外又は深夜にわたる残業時間を使用者の指揮命令下にある労働時間と評価することはできない。」

事業場外労働のみなし労働時間制のみなし労働時間を「当該業務の遂行に通常必要とされる時間」とする Menu

 営業社員等の事業場外労働のみなし労働時間制のみなし労働時間を所定労働時間とし、適用対象者に対しては「営業手当」等の手当を支払ってはいるものの、残業代を支払っていないか、「営業手当」を定額残業代(固定残業代)として残業代を支払ったことにしている会社が数多く存在します。
 しかし、事業場外労働のみなし労働時間制が適用される場合であっても、所定労働時間働いたものとみなされるのは、通常は所定労働時間内(所定労働時間が8時間の場合は、8時間以内)で当該業務が終わる場合に限定されます。通常は所定労働時間を超えて(例えば、10時間)労働することが必要となる場合については、所定労働時間ではなく、当該業務の遂行に通常必要とされる時間(10時間)労働したものとみなされますので、例えば、通常は1日10時間かかる事業場外労働に従事させている社員のみなし労働時間を所定労働時間とした場合、1日あたり2時間の残業代(時間外割増賃金)が未払となってしまいます。
 このようなことにならないようにするためには、当該業務の遂行に通常必要とされる時間が1日何時間なのかを調査し、実態に合ったみなし労働時間を設定する必要があります。労働審判、団体交渉、労働訴訟等において、当該業務の遂行に通常必要とされる時間が1日何時間なのかについて、会社の認識と異なる時間が認定されないようにするためには、過半数労働組合や過半数代表者との間で、みなし労働時間に関する労使協定を締結し、労基署に届け出ておくとよいでしょう。
 実態に合ったみなし労働時間を設定し、みなし労働時間に応じた残業代(時間外割増賃金)を支払っている場合、仮に、「労働時間を算定し難いとき」という要件を満たさない等の理由から事業場外労働のみなし労働時間制の適用が否定されたとしても、発生した時間外割増賃金のほとんどをカバーすることができ、残業代の追加支払のリスクを相当程度抑制することができるという副次的なメリットもあります。「労働時間を算定し難いとき」という要件が厳格に判断される傾向にある現状からすれば、実態に合ったみなし労働時間を設定することの重要性はますます高まっているといえるでしょう。
 なお、 営業手当を定額残業代(固定残業代)とすることにより残業代の追加支払のリスクに備えている会社も数多く存在しますが、定額残業代(固定残業代)の制度設計がずさんな事例が多く、「営業手当」名目の定額残業代(固定残業代)の支払が残業代の支払として認められなかった裁判例が数多く存在します。定額残業代(固定残業代)については、項目を改めて説明します。

【阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第2)事件東京地裁平成22年7月2日判決】
 「本件添乗業務は、『労働時間を算定し難いとき』に該当する。」
 「本条1項ただし書きの『業務の遂行に通常必要とされる時間』も、2項、3項と同様に解釈され、一定の時間を意味すると解すべきである。」
 「そして、本条が『通常』必要とされる時間と規定していることから、各日の状況や従事する労働者等により実際に必要とされる時間には差異があっても、平均的にみて当該業務の遂行に必要とされる時間を意味すると解される。」
 「以上に照らせば、本件各コースにおいて、『業務の遂行上通常必要とされる時間』は、11時間と認められる。」

【阪急トラベルサポート(派遣添乗員・第3)事件東京地裁平成22年9月29日判決】
 「原告らによる添乗業務については、社会通念上『労働時間を算定し難いとき』に該当し、本件みなし制度が適用されるというべきである。」
 「労働基準法38条の2第1項但書は、『通常必要とされる時間』という文言を用いており、国会における審議内容にかんがみても、同法は個別具体的な事情を捨象した上でみなし労働時間を判定することを予定しているものと解される。そうすると、労働者の個性や業務遂行の現実的経過に起因して、実際の労働時間に差異が生じ得るとしても、(実労働時間の把握が困難である以上、)基本的には、個別具体的な事情は捨象し、いわば平均的な業務内容及び労働者を前提として、その遂行に通常必要とされる時間を算定し、これをみなし労働時間とすることを予定しているものと解される。」
 「ただし、前述したとおり、労働基準法は、事業場外労働の性質にかんがみて、本件みなし制度によって、使用者が労働時間を把握・算定する義務を一部免除したものにすぎないのであるから、同法は、本件みなし制度の適用結果(みなし労働時間)が、現実の労働時間と大きく乖離しないことを予定(想定)しているものと解される。すなわち、労働時間を把握することが困難であるとして、本件みなし制度が適用される以上、現実の労働時間との差異自体を問題とすることは相当でないが、他方において、本件みなし制度は、当該業務から通常想定される労働時間が、現実の労働時間に近似するという前提に立った上で便宜上の算定方法を許容したものであるから、みなし労働時間の判定に当たっては、現実の労働時間と大きく乖離しないように留意する必要があるというべきである。」
 「以上の事情を総合考慮し、当裁判所は、原告らの添乗業務における『みなし労働時間』について、原告らの従事した添乗業務(ツアー)ごとに判定するという方法を採用することとした。具体的には、前述したとおり、添乗日報は、旅程の消化状況を概ね反映しているものと解されることから、原則として、添乗日報の記載を基準として、始業時刻と終業時刻を判定し、適宜休憩時間を控除することとし、添乗日報がない場合において、行程表や最終日程表を補助的に用いるという方法を採用した。」

 

賃金制度の是正

賃金制度是正の必要性 Menu

 不必要な残業をなくすことで対応できるような場合は、労働時間管理を適正に行うことで問題は解決するかもしれません。これに対し、必要な残業に対して、従来の賃金制度に労基法を当てはめて賃金を算定して支払ったのでは事業資金がほどなく枯渇してしまうような場合は、賃金制度を是正する必要があります。賃金制度を是正しないまま、残業代請求を受けたらその都度対応すればいいというものではありません。なぜなら、残業代の不払は刑事罰を伴う違法行為ですし、会社を経営する上で大きな問題を伴うものだからです。
 社員から残業代を請求された場合の支払は、「予定外の支出」です。金額が大きい支払でも、元々予定されたものであれば、資金の手当てをしていますから、大きな問題にはなりません。しかし、社員から残業代を請求された場合の支払は、本来、予定していなかった支払のため、ことのほかダメージが大きくなるのです。「残業代込みのつもりで、業界水準よりも高い給料を払っていたのに、まさか、こんなことになるとは。」予想外の残業代請求を受けて途方に暮れる会社経営者を、私は数多く見てきました。
 「社員間の不公平」も重大な問題です。想像してみて下さい。退職後に残業代を請求して、200万も、300万も支払ってもらえる社員がいます。他方で、ボーナスをあまりもらえなくても、会社のために一生懸命働いてくれている社員たちがいます。「会社や周りに迷惑をかけて辞めた社員にこんな大金を払うんだったら、会社のため頑張ってくれている社員たちに支払ってあげたい。今回の支払で、事業資金が底をついてしまう。」悔しそうに話す会社経営者を、私は数多く見てきました。
 「職場秩序の乱れ」も考慮しないわけにはいきません。想像してみてください。あなたの会社に、ひどい問題社員がいたとします。仕事をさぼってばかりで、上司が注意しても、全く言うことを聞きません。新入社員がせっかく入社しても、いじめて辞めさせてしまいます。会社に残ることができるのは、自分の思いどおりになる「子分」のような社員ばかり。何とかしなければいけないと思い、会社経営者が注意したところ、「残業代も払わないくせに、何を偉そうなこと言ってるんですか!?残業代を払わないのは、労基法違反の犯罪なんですよ。法律も守れない犯罪者に、人のことをあれこれ言う資格はない!まずは残業代を払ってから、ものを言って下さいよ!」などと言い返されてしまいます。弁護士や労働組合が入って、とても払えないような多額の残業代を請求されたら、どうしますか?労基署に駆け込まれたら、どうしますか?残業代を請求するという言葉に会社経営者がひるんで、問題社員に必要な注意をすることができなくなったら、職場はおかしくなってしまいます。好き勝手に振る舞う問題社員に会社経営者が手も足も出ないのを社員たちが見たら、愛想を尽かして退職してしまうかもしれません。
 残業代に未払があって、いつ請求を受けても不思議でない状態というのは、本当に大きなリスクなのです。必要な残業に対して、従来の賃金制度に労基法を当てはめて賃金を算定して支払ったのでは事業資金がほどなく枯渇してしまうような場合は、賃金制度を是正する必要があります。

賃金減額 Menu

 残業時間が長い職場で残業代込みのつもりで賃金を支払っていたところ、残業代は従来の賃金とは別に支払わなければならないと判断されたため、賃金制度を是正せざるを得なくなったような場合は、当該賃金に上乗せして残業代を支払ったのでは賃金額が過大となることがあります。そのような職場で、手取額を従来と同程度になるように調整しつつ、残業代を1分単位で計算して支払おうとした場合、通常の賃金を減額して対処せざるを得なくなります。
 「元々、残業代込みの賃金だったものを、残業代を1分単位で支払う運用に変更したに過ぎないし、手取額はほとんど変わらない(従来と比べて増えることすらある)のだから、基本給等が減額されているように見えたとしてもこれは賃金減額(労働条件の不利益変更)ではない、仮に賃金減額(労働条件の不利益変更)と評価されることがあったとしても労働者の不利益の程度は低い。」といった主張は、なかなか認めてもらえません。
 賃金減額に対する労働者の同意があったというためには、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるだけでは足りず、労働者の自由な意思に基づいてなされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する必要があります。労働者の同意がない場合に、就業規則の変更で賃金を減額しようとした場合、就業規則の不利益変更が有効となるためには、作成又は変更された就業規則の条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである必要があります。
 有効に賃金減額を行うことはハードルが高いと言わざるを得えませんが、実務対応としては、労働者に十分な情報提供・説明を行い、経過措置や代償措置を講じるなどして納得してもらった上で同意書を取得するようにすれば、訴訟リスクを相当程度下げることができるものと思われます。

【山梨県民信用組合事件最高裁平成28年2月19日第二小法廷判決】
 「労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者との個別の合意によって変更することができるものであり、このことは、就業規則に定められている労働条件を労働者の不利益に変更する場合であっても、その合意に際して就業規則の変更が必要とされることを除き、異なるものではないと解される(労働契約法8条、9条本文参照)。もっとも、使用者が提示した労働条件の変更が賃金や退職金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服すべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重にされるべきである。そうすると、就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」

【大曲市農協事件最高裁昭和63年2月16日第三小法廷判決】
 「当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによつて労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金など労働者にとつて重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。」

定額残業代(固定残業代)の導入 Menu

 賃金の内訳を変更するにあたり、定額残業代(固定残業代)を導入して手取額が減らない(増える)ようにすれば、書面での同意を取得しやすく、事実上、紛争が起きにくくなります。
 従 来:基本給30万円(残業代込みのつもりだが判別可能性なし)
     ↓
 変更後:基本給25万円、定額時間外勤務手当5万781円(時間外労働26時間分)
     合計30万781円
 ただし、この事例では、通常の賃金である基本給が30万円から25万円に減額されており、労働条件の不利益変更であることは明らかです。従来の基本給30万円のまま26時間分の時間外割増賃金を支払おうとすれば、合計36万円を超える賃金を支払わなければならなかった可能性が高いです。
 訴訟等で賃金内訳変更の効力が争われた場合、「賃金減額」で検討した問題がここでも問題となります。近年、定額残業代(固定残業代)の効力が労働条件の不利益変更の問題として争われる事例が増加しています。

【ジャパンレンタカー事件名古屋高裁平成29年5月18日判決】
「(3) 基礎時給の額及び固定残業代の有無
ア 前記(1)ア(ア)のとおり、平成22年ころから平成24年ころまでの控訴人と被控訴人間の雇用契約書では、就業時間は午後20時より午前8時までとされ、休憩時間については記載がなかったこと、賃金は日給1万2000円とされていたことが認められる。
 上記雇用契約書の記載によれば、割増賃金算定における基礎時給の認定においては、休憩時間は0時間と扱うほかなく、1日8時間を超える合意は無効であるから、所定労働時間は8時間として計算することになる。また、控訴人の就業規則等に上記日給1万2000円の中に時間外割増賃金分及び深夜早朝割増賃金分(以下「固定残業代」という。)が含まれていることはうかがえないから、その全額が基礎賃金となる。
 なお、上記雇用契約書には、週末手当1000円の記載があるが、支給要件が明確でないので、割増賃金算定における基礎賃金の対象とはしない。
 したがって、割増賃金算定における基礎時給は1500円(1万2000円÷8時間)となる。
イ 前記(1)ア(イ)のとおり、平成25年4月21日以降の控訴人と被控訴人間の雇用契約書では、就業時間は20時から翌5時まで(うち休憩時間1時間)とされ、賃金については、所定労働時間分の賃金が6400円(800円×8時間)、深夜割増賃金として1200円(800円×0.25×6時間)が、時間外割増賃金として3000円(800円×1.25×3時間)が支給される旨の記載があることが認められる。
 上記雇用契約書によれば、1万2000円の中に固定残業代が含まれていることになり、また、割増賃金算定における基礎時給は800円ということになる。したがって、前記アの雇用条件と比較すると被控訴人の賃金に係る労働条件の切り下げに当り、被控訴人に不利益となる変更である。
 しかし、前記1(2)認定の更新期間・更新手続等によれば、平成24年当時の段階では、控訴人と被控訴人間の有期労働契約は、期間の定めのない労働契約とほぼ同視できるものであったと認められる。そうすると、前記アの労働条件を上記のとおり不利益に変更するためには、被控訴人の承諾があることを要する(労働契約法9条)。
 上記変更後の労働条件の内容に照らせば、上記変更は、基本給を減じ、その減額分を労働基準法及び同法施行規則の除外賃金とし、又は割増賃金とすることによって、残業代計算の基礎となる賃金の額を減ずることに主たる目的があったものと認めるのが相当であるところ、前記(1)ア(ウ)のとおり、控訴人がアルバイト従業員に対しそのような目的自体の合理性や必要性について詳細な説明をしていないことからすると、形式的に被控訴人が同意した旨の雇用契約書が作成されているとしても、その同意が被控訴人の自由な意思に基づくものであると認めることはできない。
 したがって、上記変更はその効力を認めることができないから、平成25年4月21日以降も被控訴人の割増賃金算定における基礎時給は1500円というべきである。また、上記変更後に割増賃金とされた部分については、上記説示によればこれを有効な割増賃金の支払とみることはできない。
 控訴人は、当審において、上記変更は有効であるとして縷々主張するが、採用することができない。」

【ビーエムホールディングスほか1社事件東京地裁平成29年5月31日判決】
「イ 就業規則の不利益変更
 上記(2)のとおり、サービス手当及びLD手当の全額が割増賃金の対価としての性格を有すると認められないことからすると、平成27年10月までの原告の賃金総額と同年11月以降の原告の賃金総額は、いずれも26万8900円と同一の金額であるものの、同年11月以降の賃金には、42時間の時間外労働に対する割増賃金の対価も含まれている点で、原告の賃金は不利益に変更されたことになる。使用者が就業規則(賃金規定)の変更によって、労働契約の内容を労働者の不利益に変更するためには、労働者の同意を得るか(労契法9条)、就業規則の変更が、「労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものである」(労契法10条)ことが必要である。
 しかしながら、原告が、新賃金規定に賃金規定を変更する方法により、労働条件を不利益に変更することに合意したものと認めることができないのは上記アで判示したとおりである。また、被告Y1社は、旧賃金規定を新賃金規定に改定した理由について、サービス手当やLD手当が時間外労働に対する割増賃金の対価である趣旨を明確にするためであると主張するが、旧賃金規定におけるサービス手当やLD手当が時間外労働に対する割増賃金の対価であると認めることができないのは上記(2)のとおりである。そして、新賃金規定によって、42時間分の時間外労働の対価が従前の賃金総額に含まれることになることは、労働者にとって不利益の程度が大きいというべきである。しかるに、被告Y1社は、新賃金規定の導入に当たり、経過措置や代償措置を何ら講じておらず、工場長が本件改定を十分理解していないなど労働者に対する説明手続も不十分であったことが認められる(証人D・27頁及び28頁)。他に、新賃金規定が合理的なものであると認めるに足りる的確な主張立証はない。
 したがって、新賃金規定は、原告との間では、就業規則の不利益変更として無効であると言わざるを得ないから、上記固定残業代が42時間分の時間外労働の対価であると認めることはできない。」

 

固定残業代(みなし残業・定額残業代)

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固定残業代(みなし残業・定額残業代)をめぐる状況 Menu

 最近の固定残業代(定額残業代・みなし残業代)をめぐる状況として、形式的には通常の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とが判別できるように見える事案であっても、定額残業代が割増賃金としての実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有するとは認められない場合は、割増賃金の支払がなされているとは認めない裁判例が増えてきています。固定残業代(定額残業代・みなし残業代)を導入している会社は、単に判別可能性があればよしとするのではなく、固定残業代(定額残業代・みなし残業代)が割増賃金としての実質を有しているのか、もう一度よく確認しておく必要性が高まっているといえるでしょう。
 また、求人段階における固定残業代(定額残業代・みなし残業代)のトラブルも増えている印象です。「求人情報にはそれなりの金額の給料がもらえるかのように記載されていたので応募して就職してみたら、残業代込みの給料であり、実際の給料は求人情報から読み取れるものよりもはるかに安いことが後から判明した。残業代込みの給料であることが事前に分かっていたら、ほかの企業に就職していたのに。だまされた。」といったトラブルが起きないよう十分に配慮しなければなりません。こうしたトラブルをなくすため、最近、どのような規制がなされているのかという点についても以下で解説していきます。

固定残業代(みなし残業・定額残業代)の特徴 Menu

1 割増賃金の計算(原則)
 割増賃金の計算方法は労基法37条・労基則19条で定められており、「通常の賃金の時間単価×時間外・休日・深夜労働時間数×割増率」です。
 要約すると、各割増賃金の計算式は以下のとおりとなります。
  時間外割増賃金=時間外割増賃金の時間単価×時間外労働時間数
  休日割増賃金=休日割増賃金の時間単価×休日労働時間数
  深夜割増賃金=深夜割増賃金の時間単価×深夜労働時間数
 割増賃金の計算式からは、割増賃金額は、時間外・休日・深夜労働時間数と比例する関係にあることが分かります。
2 固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入した場合の割増賃金の計算
 1で述べたとおり、時間外・休日・深夜割増賃金は、原則として、時間外・休日・深夜労働時間数に比例して支払われることが想定されています。固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入した場合、定額残業代額に達するまでは、現実に支払われる割増賃金額と時間外・休日・深夜労働時間数との間の比例関係が切断され、支払われるべき割増賃金額が固定残業代(みなし残業・定額残業代)の額を超えた時点で比例関係が復活することになります。
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)は労基法37条5項、労基則21条各号に限定列挙された除外賃金には該当しませんが、残業代を基礎に残業代を計算しなければならないのはおかしいですから、割増賃金の実質を有する固定残業代(みなし残業・定額残業代)は、割増賃金の算定基礎から除外されることになります。
 また、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金と認められた場合、割増賃金の支払がなされたという弁済の効果も生じます。
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)の特徴としては、割増賃金算定の基礎賃金から除外されることや、割増賃金の弁済として認められることが強調されるのが一般的ですが、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の支払として認められるかの判断に当たっては、時間外・休日・深夜割増賃金は、原則として、時間外・休日・深夜労働時間数に比例して支払われることが想定されているのに対し、固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入した場合、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の額に達するまでは、現実に支払われる割増賃金額と時間外・休日・深夜労働時間数との間の比例関係が切断され、支払われるべき割増賃金額が固定残業代(みなし残業・定額残業代)の額を超えた時点で初めて比例関係が復活することになるという固定残業代(みなし残業・定額残業代)の特徴の理解が重要となってきます。原則的な計算方法との乖離の程度、比例関係切断の程度が小さい固定残業代(みなし残業・定額残業代)であれば割増賃金の支払として認められやすいですが、乖離の程度、比例関係切断の程度が大きければ大きいほど、割増賃金の支払とは認められにくくなります。

固定残業代(みなし残業・定額残業代)に関する最高裁判例 Menu

  医療法人社団康心会事件最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決
は、下記の規範を定立した上で、医療法人と医師との間の雇用契約において時間外労働等に対する割増賃金を年俸に含める旨の合意がされていたとしても、当該年俸の支払いにより時間外労働等に対する割増賃金が支払われたということはできないと結論づけており、固定残業代(定額残業代・みなし残業代)に関する最高裁判例といえるでしょう。
 そして、同最高裁判決は、参照判決として、
  高知県観光事件最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決
 ③ テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決
 ④ 国際自動車事件最高裁平成29年2月28日第三小法廷判決
を引用しており、これらの最高裁判決も固定残業代(定額残業代・みなし残業代)に関する最高裁判例と評価して差し支えないと考えます。
 他方で、固定残業代(定額残業代・みなし残業代)に関する最高裁判例と誤解されて引用されることがある小里機材事件最高裁昭和63年7月14日判決は、医療法人社団康心会事件最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決を含め、最高裁判決で参照判決として引用されたことは一度もありません。同判決は最高裁判例ではないと考えられます。
 また、テックジャパン事件最高裁平成24年3月8日第一小法廷判決には、櫻井龍子補足意見が付されており、以前はその先例的価値について議論されたことがありますが、現在では櫻井龍子補足意見は先例的価値に乏しいと考えるのが一般的です。そもそも、補足意見それ自体を最高裁判例と評価する余地はありません。

【医療法人社団康心会事件最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決】
 「労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(最高裁昭和44年(行ツ)第26号同47年4月6日第一小法廷判決・民集26巻3号397頁参照)。また、割増賃金の算定方法は、同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下、これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められているところ、同条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、労働者に支払われる基本給や諸手当(以下「基本給等」という。)にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない。」「他方において、使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、同条の上記趣旨によれば、割増賃金をあらかじめ基本給等に含める方法で支払う場合においては、上記の検討の前提として、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要であり(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁、最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁、最高裁平成27年(受)第1998号同29年2月28日第三小法廷判決・裁判所時報1671号5頁参照)、上記割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは、使用者がその差額を労働者に支払う義務を負うというべきである。」

固定残業代(みなし残業・定額残業代)の支払が残業代の支払と認められるための要件の検討 Menu

1 固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有していること
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)が実質的にも割増賃金の性質を有することを要求する裁判例は以前から存在していました。その代表例は、以下の徳島南海タクシー(割増賃金)事件高松高裁平成11年7月19日判決(労判775号15頁)です。本高裁判決に対し、会社側は上告及び上告受理申立をしましたが、最高裁平成11年12月14日第三小法廷決定(労判775号14頁)は上告を棄却し、上告不受理としています。
 「そこで、右賃金体系における時間外・深夜割増賃金に係る合意の有無について検討するに、本件協定書においては、基本給8万5000円、乗務給1万3000円、皆精勤手当5000円及び超勤深夜手当(歩合割増含)5万0600円の合計15万3600円は、固定給である旨が記載され、定額の超勤深夜手当が固定給に含まれることとされている。」
 「そして、控訴人は、右超勤深夜手当は、労働基準法37条の時間外・深夜割増賃金であると主張するところ、文言上は、そのように解するのが自然であり、労使間で、時間外・深夜割増賃金を、定額として支給することに合意したものであれば、その合意は、定額である点で労働基準法37条の趣旨にそぐわないことは否定できないものの、直ちに無効と解すべきものではなく、通常の賃金部分と時間外・深夜割増賃金部分が明確に区別でき、通常の賃金部分から計算した時間外・深夜割増賃金との過不足額が計算できるのであれば、その不足分を使用者は支払えば足りると解する余地がある。」
 「しかしながら、被控訴人らは、本件協定等による賃金には、名目上は定額の超勤深夜手当を含むこととされているが、控訴人の賃金体系は、水揚額に対する歩合制であって、実質的に時間外・深夜割増賃金を含むものとはいえないと主張するところ、なるほど、名目的に定額の割増賃金を固定給に含ませる形の賃金体系がとられているにすぎない場合に、そのことのみをもって、前記のような時間外・深夜割増賃金の計算が可能であるとし、その部分について使用者が割増賃金の支払を免れるとすれば、労働基準法37条の趣旨を没却することとなる。したがって、右のような超勤深夜手当に係る定めは、実質的にも同条の時間外・深夜割増賃金を含める趣旨で合意されたことを要するというべきである。」
 最後の段落の判断内容は、よく認識しておく必要があると思います。判別可能性だけを考えて固定残業代(定額残業代・みなし残業代)の制度設計をすると、当該固定残業代(定額残業代・みなし残業代)は割増賃金としての実質を有しないと判断されかねません。
 北港観光バス(賃金減額)事件大阪地裁平成25年4月19日判決は、「ある手当が時間外労働に対する手当として基礎賃金から除外されるか否かは、名称の如何を問わず、実質的に判断されるべきであると解される。」とした上で、「無苦情・無事故手当及び職務手当は、実際に時間外業務を行ったか否かに関わらず支給されること、バス乗務を行った場合にのみ支給され、側乗業務、下車勤務を行った場合には支払われないことからすると、バス乗務という責任ある専門的な職務に従事することの対価として支給される手当であって、時間外労働の対価としての実質を有しないものと認めるのが相当である。」と結論付けています。バス乗務をした時だけ支給される手当であれば、実質的にはバス乗務の対価として払われる賃金であって、割増賃金の実質を有しないと認定されてしまいます。
 労基法37条5項、労基則21条各号に限定列挙された除外賃金に該当するかどうかは、名目ではなく実質で判断されることは周知の通りです。固定残業代(定額残業代・みなし残業代)は労基法37条5項、労基則21条各号に限定列挙された除外賃金には該当しませんが、割増賃金の実質を有する固定残業代(定額残業代・みなし残業代)は、割増賃金の算定基礎から除外されることになります。とすれば、固定残業代(定額残業代・みなし残業代)が割増賃金として認められるかどうかについても、実質的に判断すべきと考えるのが自然だと考えます。
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)の時間数の明示、清算合意(実態)等は定額残業代が除外賃金とされその支払が割増賃金の弁済として認められるために必須の「要件」ではなく、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有しているかを判断する際に考慮する「要素」と考えるべきではないでしょうか。
 例えば、時間外割増賃金の時間単価が1500円の労働者の労働契約書に「定額時間外勤務手当として4万5000円支払う。」とだけ書いてあり、それが何時間の時間外労働の対価かは書かれておらず、差額支払の合意の記載もなかったとします。しかし、時間外割増賃金の時間単価が1500円の労働者であれば、4万5000円が30時間分の時間外割増賃金であり、30時間を超えて時間外労働を行えば追加で時間外割増賃金の支払を受けられることは明らかです。
 毎月、「時間外勤務手当」名目で4万5000円を払っていたとしても、何時間分の定額残業代かの明示がなく、差額清算の合意がなければ、時間外割増賃金の支払があったとは認められないのでしょうか。このような場合であっても、時間数を明示してもらわないと労働者が過不足を計算するのは大変だとか、不足が生じた場合は不足額を追加で支払う旨規定させないと事実上追加額の支払を受けられなくなりかねないといった懸念が生じ得ることは承知しています。しかし、「時間外勤務手当」のように時間外割増賃金の趣旨であることが明らかな名目で金額が明示されて支給され、客観的に割増賃金の過不足が計算できる固定残業代(定額残業代・みなし残業代)のすべてが定額残業代の支払として認められないという見解は取りにくいと考えます。
 もちろん、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が何時間分か、差額清算の合意や実態があるかといった事情を軽視しているわけではありません。これらは独立の「要件」ではなく、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有しているかを判断するための重要な「要素」と考えているというに過ぎません。時間外割増賃金は、「時間外割増賃金の時間単価×時間外労働時間数」で計算されるのですから、想定される時間外労働時間数に対応した金額となっているか、想定される時間外労働時間数を超えたら差額が清算されているかは、当該固定残業代(みなし残業・定額残業代)が時間外割増賃金としての実質を有するかを判断する上で重要な考慮要素だと考えます。
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)の時間数の明示、清算合意(実態)等を「要件」と考えるから、判断が硬直的になり、その法的根拠の説明に苦慮することになるのです。ちょうど、以前は整理解雇が認められるための「要件」(「整理解雇の四要件」)と考えられていたものが、解雇権濫用(労契法16条)の有無を判断する際に考慮する「要素」(「整理解雇の四要素」)と考えられるようになったのと同じように、定額残業代の時間数の明示、清算合意(実態)等を、固定残業代(定額残業代・みなし残業代)が割増賃金の実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有しているかを判断する際に考慮する「要素」と考えるべきだと思います。
 そして、原則的な計算方法との乖離の程度、比例関係切断の程度が小さい固定残業代(みなし残業・定額残業代)であれば割増賃金の実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有していると認められやすく、乖離の程度、比例関係切断の程度が大きければ大きいほど、割増賃金の実質を有しているとは認められにくくなると考えています。
2 通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができること
 高知県観光事件最高裁判決やテックジャパン事件最高裁判決からすれば、通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることは、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が除外賃金とされ、割増賃金の支払として認められるための最低限の要件といえると思います。この要件を満たさないようでは、1で述べた割増賃金の実質を有するとはいえないと考えることもできるかもしれません。実務上問題となるのは、何をもって判別可能性があるといえるかということです。
 ファニメディック事件東京地裁平成25年7月23日判決のように、「基本給に時間外労働手当が含まれると認められるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分が判別出来ることが必要であるところ(最高裁平成6年6月13日第二小法廷判決、裁判集民事172号673頁参照)、その趣旨は、時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分が労基法所定の方法で計算した額を上回っているか否かについて、労働者が確認できるようにすることにあると解される。」と考えれば、割増賃金の過不足を「労働者」が確認できなければならないのですから、判別可能性が認められるためには厳格な要件を満たす必要があるという結論に傾きがちです。
 テックジャパン事件最高裁判決櫻井補足意見は、「このように、使用者が割増の残業手当を支払ったか否かは、罰則が適用されるか否かを判断する根拠となるものであるため、時間外労働の時間数及びそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されていることを法は要請しているといわなければならない。そのような法の規定を踏まえ、法廷意見が引用する最高裁平成6年6月13日判決は、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別し得ることが必要である旨を判示したものである。」「便宜的に毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われている事例もみられるが、その場合は、その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。」と述べています。
 しかし、ファニメディック事件判決や櫻井補足意見のように判別可能性の要件を厳格に考えなければならない理由はないのではないでしょうか。何時間分の定額残業代(固定残業代)なのかとか、清算合意(実態)があるのかといった実質的な事情は、1の固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質(時間外・休日・深夜労働の対価としての性格)を有しているかを検討するに当たって考慮すれば足りると考えます。
 ことぶき事件最高裁平成21年12月18日第二小法廷判決(裁判集民232号825頁、裁判所ウェブサイト、労判1000号5頁)においても、「管理監督者に該当する労働者の所定賃金が労働協約、就業規則その他によって一定額の深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合には、その額の限度では当該労働者が深夜割増賃金の支払を受けることを認める必要はない」とされており、深夜割増賃金の支払があったと認められるための「要件」として、深夜労働時間数の明示や差額清算の合意を要求していません。主戦場は「深夜割増賃金を含める趣旨で定められていることが明らかな場合」に該当するかどうかであって、判別可能性との関係では、「一定額の」というだけで十分と考えているように思われます。
 判別可能性との関係では、労基法37条の趣旨を医療法人一心会事件大阪地裁平成27年1月29日判決のように「労基法37条の趣旨は、割増賃金等を確実に使用者に支払わせることによって超過労働を制限することにある」と考え、「割増賃金部分が法定の額を下回っているか否かが具体的に後から計算によって確認できないような方法による賃金の支払方法は、同法同条に違反するものとして、無効と解するのが相当である。」と結論付けたり、「通常の労働時間の賃金に当たる部分から当該手当の額が労基法所定の時間外割増賃金の額を下回らないかどうかが判断し得ることが必要であると解される。」(泉レストラン事件東京地裁平成26年8月26日判決)という扱いにすれば十分と考えます。
3 その他の検討事項
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)の名目が「時間外勤務手当」等、割増賃金であることを推認させるものであればいいのですが、「営業手当」等、その名目から割増賃金であるとは推認できないものについては、賃金規程に当該手当が割増賃金である旨明記して周知させたり、労働契約書にその旨明示して合意したりしておかなければ、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金であると認めてもらえないのが通常です。
 中小企業などでは、固定残業代(みなし残業・定額残業代)について「口頭」で説明したというだけで十分な客観的証拠が存在しない事例が散見されます。また、定額残業代(固定残業代)について定めた賃金規程を労働者が確認できるようになっていない(周知させていない)事案も珍しくありません。これらの場合は、上記1や2の要件を検討するまでもなく、会社側の主張は門前払いとなってしまいます。
 労働協約で固定残業代(みなし残業・定額残業代)を定めている場合は、組合員についてはその内容が労働契約の内容になります。労働協約で定めていれば個別合意などと比べて固定残業代(みなし残業・定額残業代)と認められやすいかという論点があります。労使自治で決めたことですから、裁判所にも労使合意の内容を尊重して欲しいところですが、労基法37条は強行法規ですから、労基法37条に違反するような内容であればその効力は否定されざるを得ないと思います。

固定残業代(みなし残業・定額残業代)の適切な運用の検討 Menu

1 固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入する目的の検討
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入する前に、まず、「何のために固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入するのか」を検討する必要があります。
 一般的に、固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入すればいちいち残業代を計算する事務処理の手間を省くことができるかのようなことが言われることがあります。しかし、固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入したところで労働時間の把握はしっかりしなければなりませんし、固定残業代(みなし残業・定額残業代)で支払うべき割増賃金が足りてるのかどうかを毎月計算して確認しなければなりません。固定残業代(みなし残業・定額残業代)を支払うだけでその過不足を確認せずに放置して追及を受けたら不足額を追加で支払えばいいや、というのなら楽かもしれませんが、真面目に過不足の確認をした場合、残業代計算の手間を省くという目的を達成することはできません。固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入する目的として、残業代を計算する事務処理の手間を省くことができることを期待できる場面は、限定的なのではないかと思います。
 「残業すれば残業代がもらえて給料が増える仕組みだから、労働者に対し残業するモチベーションを与えることになってしまっている。固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入して、残業しても現実に支払われる残業代が増えない仕組みにすれば、残業を抑制することができる。」という考えが存在します。確かに、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の導入により無駄な残業をする労働者が減った職場もあるようですが、必ずしも良い結果につながるとはいえません。残業させるかどうかを決めるのは使用者の権限なのですから、残業時間を抑制したければ残業させずに帰せば足りるはずです。固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入する目的として、残業抑制を強調することは適切でないと思います。
 残業時間の長さにかかわらず一定額の残業代を保証することにより労働者の賃金額を魅力あるものとし、労働者を惹きつけることで労働力を確保するという目的で固定残業代(みなし残業・定額残業代)が導入されることがあります。「基本給20万円で、残業時間に応じて1分単位で残業代を支払う」という労働条件と「基本給20万円と定額残業代5万円の合計25万円は残業の有無・長さにかかわらず保証し、残業代の額が5万円を超えた場合は不足額を追加で支払う」という労働条件が提示された場合、労働者にとってどちらが魅力的でしょうか。残業の有無・長さにかかわらず5万円の定額残業代が保証される分、後者のほうが魅力的だと思います。後者の労働条件の労働者に関し固定残業代(みなし残業・定額残業代)を廃止し、基本給20万円だけが保証されることとし、現実の残業時間に応じて1分単位で残業代を支給することにした場合、当該労働者にとっては労働条件の不利益変更となります。固定残業代(みなし残業・定額残業代)をけしからんと言っている人でも、固定残業代(みなし残業・定額残業代)を廃止するにあたり、単に固定残業代(みなし残業・定額残業代)5万円をなくして基本給20万円を基礎賃金として実労働時間に応じて1分単位で残業代を支払えとは言ってきません。固定残業代(みなし残業・定額残業代)相当額5万円を基本給20万円に加算して、基本給を25万に増額してくれと要求してくるケースがほとんどです。
 求人・採用に当たり、使用者が労働者に対して十分な説明を行い、納得した上で求人に応募した労働者が就職を決めたのであれば、一概に固定残業代(みなし残業・定額残業代)が問題であるとはいえないと思います。しかし、求人情報の内容とその後合意された労働契約書等に記載された労働条件が相違する場合、原則として労働契約書等に記載された労働条件が労働契約の内容となることを悪用し、固定残業代(みなし残業・定額残業代)込みで25万円なのに、基本給等の残業代以外の賃金が25万円と受け取られかねない求人情報を出して人を集める会社が出てきたら、どうなってしまうでしょうか。労働者が安心して就職活動ができなくなってしまうことは明らかです。
 こうしたトラブルを防止するため、厚労省は平成26年4月14日付けで「求人票における固定残業代等の適切な記入の徹底について」という文書を出し、求人票に定額残業代に関し不適切な記載がなされないよう注意を促しています。
 また、「青少年の雇用機会の確保及び職場への定着に関して事業主、職業紹介事業者等その他の関係者が適切に対処するための指針」(平成二十七年厚生労働省告示第四百六号)においても、「募集に当たって遵守すべき事項」の一つとして、固定残業代(定額残業代・みなし残業代)に関し、「青少年が応募する可能性のある募集又は求人について、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金を定額で支払うこととする労働契約を締結する仕組みを採用する場合は、名称のいかんにかかわらず、一定時間分の時間外労働、休日労働及び深夜労働に対して定額で支払われる割増賃金(以下このヘにおいて「固定残業代」という。)に係る計算方法(固定残業代の算定の基礎として設定する労働時間数(以下このヘにおいて「固定残業時間」という。)及び金額を明らかにするものに限る。)、固定残業代を除外した基本給の額、固定残業時間を超える時間外労働、休日労働及び深夜労働分についての割増賃金を追加で支払うこと等を明示すること。」と規定しています。
 公益法人全国求人情報協会は、加盟している企業に対し、①固定残業代の額、②その金額に充当する労働時間数、③固定残業代を超える労働を行った場合は追加支給する旨の記載を要請しています。
 平成28年6月3日付けで「雇用仲介事業等の在り方に関する検討会報告書」が公表され、厚生労働省のウェブサイトにアップされています。同報告書の「求人に際して明示される労働条件等の適正化」の項目において、「労働条件等明示等のルールについて、固定残業代の明示等指針の充実、虚偽の条件を職業紹介事業者等に対し呈示した求人者に係る罰則の整備など、必要な強化を図ることが適当である。」と述べられています。
 残業時間の長さにかかわらず一定額の残業代を保証することにより労働者の賃金額を魅力あるものとし、労働者を惹きつけることで労働力を確保するという目的で固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入することが問題というわけではないと考えます。ただ、現在、求人の場面における定額残業代に関するトラブル防止が重要な課題となっていますので、この点に対する十分な配慮が必要であることに留意する必要があります。
2 時間外・休日・深夜労働時間数の実態調査
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入する目的を検討した結果、定額残業代の導入が決まった場合、時間外・休日・深夜労働時間数の実態調査を行います。時間外・休日・深夜労働時間数の実態と固定残業代(みなし残業・定額残業代)の時間数の乖離が大きいと、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質を有するかという論点において、これを否定する方向に働く一要素となります。他方、実態調査を行い、その結果に基づいて固定残業代(みなし残業・定額残業代)の時間数を設定した場合、時間外・休日・深夜労働時間数に応じて金額が定まるという割増賃金の性質に合致しますので、割増賃金の実質を有すると判断されやすい方向に作用します。
3 固定残業代(みなし残業・定額残業代)として支払う時間外・休日・深夜労働時間数の決定
 実態調査が終わったら、調査結果に基づいて固定残業代(みなし残業・定額残業代)として支払う時間外・休日・深夜労働時間数を決定します。
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)の時間数の設定に関し、「何時間分の定額残業代までなら安全ですか。」という質問を受けることがあります。裁判例の中には限度基準を参照して、1か月45時間を基準にしているかのようなものも見受けられますが、理論的には何時間分の固定残業代(みなし残業・定額残業代)までなら安全といえる基準は存在しません。
 時間外・休日・深夜割増賃金は、原則として、時間外・休日・深夜労働時間数に比例して支払われることが想定されているのに対し、固定残業代(みなし残業・定額残業代)を導入した場合、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の額に達するまでは、現実に支払われる割増賃金額と時間外・休日・深夜労働時間数との間の比例関係が切断され、支払われるべき割増賃金額が固定残業代(みなし残業・定額残業代)の額を超えた時点で比例関係が復活することになります。固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質を有するかは、原則的な計算方法との乖離の程度、比例関係切断の程度が大きく影響してきます。原則的な計算方法との乖離の程度、比例関係切断の程度が小さい固定残業代(みなし残業・定額残業代)であれば割増賃金の支払として認められやすいですが、乖離の程度、比例関係切断の程度が大きければ大きいほど、割増賃金の支払とは認められにくくなります。固定残業代(みなし残業・定額残業代)の時間数が長時間になればなるほど、原則的な計算方法との乖離の程度、比例関係切断の程度が大きくなりますので、割増賃金の実質を有しないと判断されるリスクが次第に高まっていくことになります。
4 固定残業代(みなし残業・定額残業代)として支払う金額の計算
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)として支払う時間外・休日・深夜労働時間数を決定したら、固定残業代(みなし残業・定額残業代)として支払う金額を計算します。
 仮に、時間外割増賃金の時間単価が1937円の労働者に関し、30時間分の時間外割増賃金を定額残業代とするのであれば、1937円×30時間=5万8110円を「時間外勤務手当」等の名目で定額残業代として支給します。
 上記事例では、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の金額に端数が生じていますが、敢えて、端数を残したままの固定残業代(みなし残業・定額残業代)とすることが多いです。なぜなら、労基法・労基法施行規則に基づいて計算した時間外割増賃金の時間単価に、実態調査を踏まえて決定した時間外労働時間数を乗じて計算した金額に1円単位まで一致している「時間外勤務手当」であれば、時間外割増賃金の実質を有していると推認できるからです。計算式を示すなどすれば、端数処理して切りのいい金額にしたら直ちにダメというわけではないのですが、端数を残したままの固定残業代(みなし残業・定額残業代)の方が時間外割増賃金の実質を有していることの立証がしやすいことは明らかです。
 このような固定残業代(みなし残業・定額残業代)の設定方法とは逆に、まずは固定残業代(定額残業代・みなし残業代)の金額を決めてから、何時間分の割増賃金に相当するのかを後から計算して、時間数を明示するやり方がよく見られます。例えば、時間外割増賃金の時間単価が1937円の労働者に関し、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の金額を6万円に決めてから時間単価の1937円で除し、6万円が約30.98時間分の時間外割増賃金相当額であることを確認します。そして、6万円の固定残業代(みなし残業・定額残業代)を「労働者に有利に」30時間分の固定残業代(定額残業代・みなし残業代)である旨、明記するわけです。このやり方は、直ちに労基法37条に違反するとはいえないかもしれませんが、いかにも「残業代請求対策」を行っているように見えがちです。また、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の金額が、時間外割増賃金の時間単価に想定される時間外労働時間を乗じた金額と一致しませんから、時間外割増賃金の実質を有しないと認められやすくなる方向に作用することになります。このように、固定残業代(みなし残業・定額残業代)を切りの良い金額とする場合は、最低限、計算式を明示する等して、あくまでも時間外割増賃金の時間単価に想定される時間外労働時間を乗じて計算したものの端数を調整したに過ぎないことが客観的証拠から分かるようにしておくことをお勧めします。
5 就業規則(賃金規程)の整備
 実施しようとする固定残業代(みなし残業・定額残業代)の内容が確定したら、固定残業代(みなし残業・定額残業代)導入の経緯や決定した事項を反映する就業規則(賃金規程)を整備します。固定残業代(みなし残業・定額残業代)で不足がある場合に不足額を追加で支払うのは当然のことですから、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質を有することを明らかにするためにも、就業規則にもその旨、明記するようにして下さい。
 就業規則変更の際の労働者代表の選出方法に瑕疵があったり、就業規則の周知がなされていなかったりする事例が散見されます。特に、就業規則の周知を欠いている場合は、就業規則の規定を根拠として固定残業代(みなし残業・定額残業代)の支払により割増賃金の支払がなされたとは認められなくなることには注意が必要です。
6 求人情報、労働条件通知書、給与明細書における固定残業代(みなし残業・定額残業代)の明示
 求人情報、労働条件通知書には、定額残業代の金額、時間数、不足額がある場合には不足額を追加で支払うことなどを可能な範囲で記載します。
 給与明細書には、「時間外勤務手当」等、名称自体から時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが推認できる名称で、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の金額が明確に分かる形で定額残業代を記載します。時間外・休日・深夜労働時間数も明記し、固定残業代(みなし残業・定額残業代)で不足額がある場合には不足額についても金額を明示して記載します。
7 不足額の清算
 固定残業代(みなし残業・定額残業代)で不足額がある場合には、固定残業代(みなし残業・定額残業代)が割増賃金の実質を有することを明らかにするためにも、不足額について忘れずに支給して下さい。

 

運送業の残業代請求対応

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運送業はなぜ残業代請求を受けるリスクが高いのか Menu

 運送業では、長距離運転があったり、手待時間が長くなったり、労働時間管理が難しいこと等から、労働時間が長くなりがちで、残業代も多額になる傾向にあります。少額の残業代しか取れないのであれば、会社と争っても仕方がないと考え請求しないかもしれませんが、何百万円といった多額の金銭を取得できるのであれば、会社経営者との関係が悪化したとしても残業代を取得できた方がいいと考えるドライバー運転手が出てくるのも、無理はありません。以前は、残業代の時効は2年でしたが、2020年4月1日以降の給料日に関する残業代については、時効期間が3年に延びていることも、見逃すわけにはいきません。運送会社の経営者は、残業代請求を受けるリスクがますます高まっているという意識を持つ必要があります。
 運送業では、従来、ドライバーの自営業者的意識が強く、ドライバーに残業代を支払わなければならないという意識が希薄な傾向にありました。しかし、近年では、残業代請求に関するドライバーの意識が大きくわってきています。ドライバーに対し弁護士に依頼して未払残業代請求をするよう促す広告も増えており、「○○さんは弁護士に依頼して○百万円も残業代を払ってもらったらしい」などとドライバー同士で情報交換しているうちに、自分も残業代が欲しくなる運転手が増えてきていても、不思議ではありません。残業代を請求する側からすれば、労基法で認められた正当な権利を行使しているだけなのですから、「法律を守らない会社が悪い」と自分を納得させることもできます。
 私は、
 ① 運送業では未払残業代の額が高額になりがちなこと
 ② 残業代請求に対するドライバーの意識が大きく変わってきたこと
の2つが、運送業で残業代請求を受けるリスクが高い主な理由だと考えています。

運送業を営む会社が残業代を支給する際の注意点 Menu

 運送業を営む会社が残業代を支給する場合、残業代の趣旨で支払われる賃金であることを明確に定めて支給し、その金額で足りているかを判断できるようにしておくことが必要です。
 残業代の趣旨で支払われる賃金であるかどうか分からないと、残業代の支払とは認めてもらえませんので、「時間外勤務手当」、「休日勤務手当」、「深夜勤務手当」などといった、残業代だということが明らかな名目で残業代を支払うことが望ましいといえます。「業務手当」、「配送手当」、「長距離手当」、「特別手当」などといった、手当の名称から残業代とは判断できない名目の手当であっても、賃金規程や労働条件通知書でそれらが残業代であることを明記しておけば、残業代の支払として認められることもありますが、残業代だということが明らかな名称で残業代を支払った場合と比較すると、残業代の支払と認められないリスクが高まることは、覚悟しなければなりません。
 支払われている残業代で足りているのかどうかを判断できるというためには、残業代として支払われた「金額」が分かるようにしておかなければなりません。残業代の趣旨で支払われる賃金は、基本給や何らかの手当てに「含む」という形で支払うのではなく、「金額」を労働契約の内容とするとともに、給与明細書でも金額を明示することをお勧めします。
 残業代の趣旨で支払われる賃金であることを明確に定めて支給し、その金額で足りているかを判断できるようにしていたとしても、当該賃金の算定方法などを理由として、当該賃金が残業ではないと判断されることもあります。例えば、歩合給のような計算方法で計算した賃金を賃金規程などで残業代と定めたとしても、残業代の支払とは認めてもらえず、歩合給と認定されることがあるということです。そうならないようにするためには、残業時間の長さに応じて支払われる賃金であることが分かるようにしておけば、残業代の趣旨で支払われる賃金と評価されやすくなります。固定残業代(みなし残業・定額残業代)を採用する場合は、固定残業代(みなし残業・定額残業代)の額で足りている限り残業時間の長さに応じて残業代が支払われないことになりますが、不足額がある場合に不足額を追加で支払うことにより、この問題をクリアすることができます。

業務手当,配送手当,長距離手当等は残業代と認められるのか Menu

 運送業を営む会社においては、日当等の基本給のほかに、業務手当、配送手当、長距離手当等の手当が支払われていることがあります。これらの手当の支払は、その日本語の意味を考えた場合、直ちに残業代の趣旨を有していると評価することはできません。これらの手当が残業代の趣旨を有していると評価されるためには、最低限、賃金規程にその旨明記して周知させておくか、労働条件通知書等に明記して就職時に交付しておくなどの対応が必要となります。「口頭で説明した。」では勝負になりません。これらの手当が残業代の趣旨を有していることが客観的証拠からは読み取れない場合は、新たに同意書や確認書等を作成したり、賃金規程を変更したりして、これらの手当が残業代の趣旨を有していることを明確にする必要があります。
 業務手当、配送手当、長距離手当といった名称の手当を残業代の趣旨で支払う旨の定めがあったとしても、時間外勤務手当、休日勤務手当、深夜勤務手当といった名称の手当と比較すると、残業代の趣旨で支払われる手当ではないと評価されるリスクがやや高くなることは否定できません。残業代の趣旨で支払う手当は、できる限り、時間外勤務手当、休日勤務手当、深夜勤務手当といった、残業代の趣旨で支払われる手当であることが明白な名称で支払うことをお勧めします。
 なお、不足額がある場合に不足額を追加で支払っている実態があるなど、残業時間の長さに応じて支払われる賃金であることが実態からもいえるようにしておけば、残業代の趣旨で支払われる賃金と評価されやすくなります。不足額がある場合は、その都度、不足額を支払うようにしておきましょう。

運送業の労働時間管理のポイント Menu

 運送業を営む会社の特徴は、ドライバーが事業場を離れて運転業務に従事することが多いため、出社時刻と退社時刻の確認を除けば、現認による勤務状況の確認が事実上不可能な点にあります。したがって、出社時刻と退社時刻を日報などに記録させるのは当然ですが、会社経営者の目の届かない取引先や路上での勤務状況、労働時間の把握が重要となってきます。
 特に問題となりやすいのが、休憩時間の把握です。一般的には、ドライバー本人に日報等に休憩時間を記載させて把握するのが現実的な対応と思われますが、ドライバーは出社時刻と退社時刻については日報等に記入してくれるものの、休憩時間については日報等への記入を怠る傾向にあります。おそらく、出社時刻と退社時刻さえ明らかにできれば、自分の勤怠、労働時間の始期と終期が分かることから、休憩時間をいちいち書き込むモチベーションが働かないからだと思われます。
 しかし、ドライバーに必要な休憩を与えることは、使用者の義務であり、所定の休憩を取得できていない場合には、休憩を取得することができるよう配慮しなければなりません。また、一般に、労働時間は、その日の出社時刻と退社時刻から休憩時間を差し引いて計算されますので、休憩時間を的確に把握できなければ労働時間を的確に把握することもできません。残業代請求訴訟においては、ドライバーが休憩時間をそれなりに取ることができていた場合でも、「休憩を全く取ることができていなかった。」と主張されことも珍しくありません。会社経営者は、ドライバー本人が望んでいるかどうかにかかわらず、休憩時間を日報等にしっかり記入させ、労働時間を管理していかなければなりません。
 具体的には、
 ① 日報等に何時から何時までどこで休憩時間を取得したのかを記入する欄を設けた上で、
 ② 休憩時間をしっかりと記入するよう粘り強く指導していく
ことになります。
 ①は、簡単にできることですので、日報等に休憩時間の記載欄がない場合は、すぐにでも日報等のひな形を作り直しましょう。
 ②は、根気の勝負です。会社経営者が注意指導を億劫がっていたのでは、いつの間にか運転手が休憩時間を記入しなくなってしまうことになりかねません。

ドライバーが休日にも働いてもっとお金を稼ぎたいと言ってきた場合の対応 Menu

 ドライバーの中には、休日も休まずに働いてお金を稼ぎたい、毎日働かせてくれなければ退職して他の会社に就職する、などと言って休日労働を要求してくる者もいます。意欲は買いますが、ドライバーも労働者である以上、労働時間には上限規制がありますし、使用者にはドライバーの健康に配慮する安全配慮義務がありますので、本人がもっと働きたいといっているからといって、ドライバーに求められるがままの勤務を容認するわけにはいきません。ある程度までであれば、ドライバーの要望に応じても構いませんが、度を越して働きたいという希望を押し通そうとするドライバーについては、断固として拒絶する必要があります。ドライバーの希望が通らなかった結果、転職してしまうドライバーも出てくるかもしれませんが、やむを得ない判断と割り切るべきでしょう。
 時間外割増賃金は、1日8時間を超えて働かせたときだけでなく、週40時間を超えて働かせた場合にも支払う必要があります。つまり、週6日以上働かせた場合には、6日目は朝から時間外労働となり、時間外割増賃金の支払が必要となる可能性があります。また、週1日は法定休日となりますので、7日続けて働かせれば、休日割増賃金を支払う必要も出てきます。残業代請求対策の観点からも、休日労働はできるだけ抑制するのが望ましいといえます。

給料日まで生活費がもたないからお金を貸してほしいと言ってくるドライバーへの対応 Menu

 運送業を営む会社においては、給料日まで生活費がもたないからお金を貸してほしいと言ってくるドライバーは珍しくありません。従来、ドライバーの要望に応じてお金を貸し付け、給料から天引きして返してもらうということが多かったようですが、労働問題を主に扱っている会社経営者側の弁護士の目から見て、あまりお勧めできません。
 一般論として「友達にお金を貸してはいけない」、「お金の切れ目は縁の切れ目」とよく言われるのには、それなりの理由があります。お金を貸したら利害が対立してしまい、良い関係でいるのは難しくなり、残業代請求などの紛争を誘発します。お金を貸していた運転手が退職する際に、貸したお金を返してほしいと伝えたところ、借金を踏み倒す目的で残業代請求を受けたというケースは珍しくありません。これでは、残業代請求を誘発するためにお金を貸していたようなものです。多額の未払残業代を支払わされた場合には、会社からの支払を原資として貸金を返済してもらえることもありますが、このような結末を会社経営者が望んでいるはずはありません。
 そもそも、お金を貸してほしいと言ってくる時点で、お金にだらしなく、金銭面で信用できないことが分かります。通常であれば、家族にお金の工面をしてもらったり、銀行からキャッシングするなどして対応することができるはずですし、信販会社や消費者金融からキャッシングすることもできるはずです。消費者金融ですらお金を貸さないような運転手に、金融の素人である会社がお金を貸したら、どのような結末になるのかは容易に予測することができます。ドライバーが、お金を貸してくれないなら退職すると言って本当に転職してしまったとしても、お金にだらしないドライバーがいなくなってかえって良かったと割り切るくらいの心構えが必要だと思います。
 人手不足対策などから、どうしても、ドライバーにお金を貸してあげなければならなくなった場合の注意点をお話しします。貸したお金を給料からの天引きで返してもらう場合は、借用書などで返済を合意するだけでは足りず、賃金控除の労使協定を締結しておく必要があります。借用書があったとしても、賃金控除協定を締結せずに給料から返済金を天引きすることは労基法違反です。会社には、天引した金額を支払う義務が生じてしまいます。
 ドライバーに対してお金を貸すことで、かえって、会社がトラブルに巻き込まれることは、珍しくありません。踏み倒される覚悟でお金をドライバーに貸すのであればともかく、貸したお金を返してもらいたいのであれば、弁護士に相談しながらプランを練ることをお勧めします。

 

飲食店の残業代請求対応

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なぜ飲食店は残業代請求を受けるリスクが高いのか Menu

 飲食店で残業代請求を受けるリスクが特に高い一番の理由は、飲食店では会社経営者が残業代を支払わなければならないという意識が低いことにあると考えています。飲食店の経営者に残業代を支払わない理由を聞いてみると、
 「飲食店だから。」
 「昔からそういうやり方でやってきて、問題になったことはない。」
 「飲食店で残業代なんて支払ったら、店がつぶれてしまう。」
 「それが嫌なら、転職した方がいい。」
といった程度の理由しかないことが多く、当然ですが、訴訟や労働審判になれば、残業代請求が認められることになります。上記のような認識を持っている飲食店の会社経営者は、これもまた自然なことですが、残業代請求を受けると被害者意識を強く持つ傾向があり、そばにいて大変残念でいたたまれない気持ちにさせられます。
 2番目の理由としては、労働時間が長いため、残業代の金額が高額になりがちな点が挙げられると思います。1日あたりの店舗の営業時間は8時間を超えるのが通常であり、仕込み作業が必要なこともあるため、少なくとも正社員については1日8時間を超えて労働させるケースが多くなっています。また、店舗物件の有効利用の観点から、店舗の休日が全くなかったり、週1日だけしかなかったりすることが多く、完全週休二日制で休日出勤無しのケースはむしろ珍しい部類に入ります。その結果、週40時間(特例措置対象事業場では週44時間)を超えて労働させることが多く、1日8時間超の残業代(時間外割増賃金)のみならず、週40時間(特例措置対象事業場では週44時間)超の残業代(時間外割増賃金)を支払わなければならなくなることは珍しくありません。
 定額残業代(固定残業代)制度を採るなどして、一応の残業代請求対策が採られている会社もありますが、定額残業代(固定残業代)制度に対して裁判所の厳しい判断が相次いでいる現状に対する認識が甘く、制度設計や運用が雑で敗訴リスクが懸念されるケースが数多く見られます。

飲食店の手待時間 Menu

 飲食店において、接客担当のスタッフに対し、お客さんがいなかったり自分の担当業務が終わったりしたら休憩していて構わないが、お客さんが入店してきたら自分の担当業務に従事するよう指示している場合は、実際に仕事をしていない時間も使用者から就労の要求があれば直ちに就労しうる態勢で待機している時間(手待時間)であり、労働者が権利として労働から離れることを保障されている時間とはいえませんので、「休憩時間」(労基法34条)として扱うことはできず、実際に担当業務に従事している時間だけでなく手待時間を含めた時間全体が、労基法に基づく残業代計算の基礎となる労働時間となります。
 休憩時間と手待時間との関係については、「労基法34条所定の休憩時間とは、労働から離れることを保障されている時間をいうものであるところ、原告らと被告との間の雇用契約における右休憩時間の約定は、客が途切れた時などに適宜休憩してもよいというものにすぎず、現に客が来店した際には即時その業務に従事しなければならなかったことからすると、完全に労働から離れることを保障する旨の休憩時間について約定したものということができず、単に手待時間ともいうべき時間があることを休憩時間との名のもとに合意したにすぎないものというべきである。」としたすし処「杉」事件大阪地裁昭和56年3月24日判決が参考になります。

飲食店店長の管理監督者性 Menu

 行政解釈は、「店舗の店長等が管理監督者に該当するか否かについては、昭和22年9月13日基発17号、昭和63年3月14日基発150号に基づき、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者であって、労働時間、休憩及び休日に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務と責任を有し、現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないような立場にあるかを、職務内容、責任と権限、勤務態様及び賃金等の待遇を踏まえ、総合的に判断することとなる」としています(平成20年9月9日基発第0909001号『多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について』)。

 平成20年9月9日基発第0909001号『多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について』は、店舗の店長等の管理監督者性の判断に当たっての特徴的な要素について、以下のとおり述べています。

(1) 職務内容、責任と権限
 店舗に所属する労働者に係る採用、解雇、人事考課及び労働時間の管理は、店舗における労務管理に関する重要な職務であることから、これらの「職務内容、責任と権限」については、次のように判断されるものであること。
① 採用
 店舗に所属するアルバイト・パート等の採用(人選のみを行う場合も含む。)に関する責任と権限が実質的にない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
② 解雇
 店舗に所属するアルバイト・パート等の解雇に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
③ 人事考課
 人事考課(昇給、昇格、賞与等を決定するため労働者の業務遂行能力、業務成績等を評価することをいう。以下同じ。)の制度がある企業において、その対象となっている部下の人事考課に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
④ 労働時間の管理
 店舗における勤務割表の作成又は所定時間外労働の命令を行う責任と権限が実質的にない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。

(2) 勤務態様
 管理監督者は「現実の勤務態様も、労働時間の規制になじまないような立場にある者」であることから、「勤務態様」については、遅刻、早退等に関する取扱い、労働時間に関する裁量及び部下の勤務態様との相違により、次のように判断されるものであること。
① 遅刻、早退等に関する取扱い
 遅刻、早退等により減給の制裁、人事考課での負の評価など不利益な取扱いがされる場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
 ただし、管理監督者であっても過重労働による健康障害防止や深夜業に対する割増賃金の支払の観点から労働時間の把握や管理が行われることから、これらの観点から労働時間の把握や管理を受けている場合については管理監督者性を否定する要素とはならない。
② 労働時間に関する裁量
 営業時間中は店舗に常駐しなければならない、あるいはアルバイト・パート等の人員が不足する場合にそれらの者の業務に自ら従事しなければならないなどにより長時間労働を余儀なくされている場合のように、実際には労働時間に関する裁量がほとんどないと認められる場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。
③ 部下の勤務態様との相違
 管理監督者としての職務も行うが、会社から配布されたマニュアルに従った業務に従事しているなど労働時間の規制を受ける部下と同様の勤務態様が労働時間の大半を占めている場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。

(3) 賃金等の待遇
 管理監督者の判断に当たっては「一般労働者に比し優遇措置が講じられている」などの賃金等の待遇面に留意すべきものであるが、「賃金等の待遇」については、基本給、役職手当等の優遇措置、支払われた賃金の総額及び時間単価により、次のように判断されるものであること。
① 基本給、役職手当等の優遇措置
 基本給、役職手当等の優遇措置が、実際の労働時間数を勘案した場合に、割増賃金の規定が適用除外となることを考慮すると十分でなく、当該労働者の保護に欠けるおそれがあると認められるときは、管理監督者性を否定する補強要素となる。
② 支払われた賃金の総額
 一年間に支払われた賃金の総額が、勤続年数、業績、専門職種等の特別の事情がないにもかかわらず、他店舗を含めた当該企業の一般労働者の賃金総額と同程度以下である場合には、管理監督者性を否定する補強要素となる。
③ 時間単価
 実態として長時間労働を余儀なくされた結果、時間単価に換算した賃金額において、店舗に所属するアルバイト・パート等の賃金額に満たない場合には、管理監督者性を否定する重要な要素となる。
 特に、当該時間単価に換算した賃金額が最低賃金額に満たない場合は、管理監督者性を否定する極めて重要な要素となる。

 なお、上記の平成平成20年9月9日基発第0909001号『多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について』は、店舗の店長等の管理監督者性を否定する要素について整理しているものに過ぎず、同通達の否定要素がなければ店舗の店長等の管理監督者性が肯定されるというわけではないことに留意する必要があります。

 


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