問題社員114 配転(転勤、職種変更)に応じない。

動画解説

 

1. 配転に応じない社員が増えている背景

 近年、転勤や担当業務の変更といった配転に対して、明確に拒否の意思を示す社員が増えています。これは一部のわがままな社員が増えたという単純な話ではなく、雇用環境や社会構造の変化が大きく影響しています。会社経営者としては、この背景を正しく理解しておくことが不可欠です。

 まず大きいのは、家庭環境の変化です。共働き世帯が一般化し、配偶者も正社員として働いているケースが珍しくなくなりました。このような状況では、転勤によって引っ越しを伴う場合、単身赴任をするのか、配偶者が退職するのかといった重い選択を迫られることになります。育児や介護を分担している家庭では、単身赴任そのものが現実的でないケースも増えています。

 次に、働き方や価値観の変化も無視できません。会社に人生を預けるという意識は薄れ、自身の生活や将来設計を重視する社員が増えています。その結果、「働く場所は自分で決めたい」「自分のキャリアに直結しない業務は避けたい」と考えること自体が、特別なものではなくなりました。

 さらに、人手不足と転職市場の活発化も背景にあります。転職が容易な環境では、配転に強い不満を感じた場合、会社と争うよりも退職を選ぶ社員が増えます。配転拒否の問題は、単なる規律違反ではなく、社員が「辞める」という選択肢を現実的に持っている時代の問題として捉える必要があります。

 このように、配転に応じない社員が増えている背景には、家庭、価値観、労働市場といった複合的な要因があります。会社経営者としては、まずこの前提を理解した上で、次の判断に進むことが求められます。

2. 配転は会社経営にとってなぜ必要なのか

 会社が社員を雇用する以上、どの場所で、どの業務を担ってもらうかを会社側が一定程度決定できなければ、組織として成り立ちません。特に長期雇用を前提とする日本型の雇用においては、限られた人員をやりくりしながら、会社全体として必要な労働力を確保していく必要があります。そのための中核的な手段が配転です。

 市場環境や事業内容は常に変化します。新しい事業が立ち上がることもあれば、縮小や撤退を余儀なくされる分野も出てきます。その都度、新規採用だけで対応することは現実的ではありません。既存の社員を配置転換し、組織全体として最適な人員配置を行うことができてこそ、会社は環境変化に対応できます。

 また、配転は単なる穴埋めではなく、人材育成の側面も持っています。特定の部署や業務に固定されたままでは、視野や経験が偏り、長期的に見て会社にとっても社員本人にとってもマイナスとなる場合があります。ローテーションを通じて幅広い経験を積んでもらうことは、会社の持続的成長にとって重要な意味を持ちます。

 一方で、配転を行えない会社は、特定の社員に業務が集中したり、組織全体のバランスが崩れたりするリスクを抱えます。結果として、現場の疲弊や業績悪化につながることも少なくありません。配転は、会社経営を安定させるための「必要悪」ではなく、経営そのものを支える基本的な仕組みだといえます。

 会社経営者としては、配転がなぜ必要なのかを自ら整理し、その合理性を説明できる状態を常に意識しておくことが重要です。これは後に配転命令の有効性を判断する際にも、大きな意味を持つことになります。

3. 配転命令の基本構造と経営判断の前提

 配転を検討するにあたって、会社経営者がまず理解しておくべきなのは、配転命令がどのような構造で判断されるのかという点です。現場対応や感情論に入る前に、この基本構造を押さえておかないと、判断を誤りやすくなります。

 配転命令については、大きく二つの視点から整理されます。一つ目は、そもそも会社に配転命令を出す権限があるかどうかです。正社員の場合、多くのケースでは勤務地や職種が限定されていないため、契約上は配転命令権限が認められていることが一般的です。ただし、入社時の合意や契約内容によっては、例外もあり得るため、形式的な確認は欠かせません。

 しかし、権限があるというだけでは足りません。二つ目の視点として重要なのが、配転命令が権利の濫用に当たらないかどうかです。労働の場面では、契約や就業規則に基づく権限があっても、その行使の仕方次第で無効と判断されることがあります。これは、会社と社員との力関係を前提に、社員保護の観点が強く働く分野であるためです。

 ここで注意すべきなのは、裁判に勝てるかどうかという視点だけで配転を判断してしまうことの危うさです。配転命令が法的に有効と評価される可能性が高い場合であっても、その過程や説明の仕方によっては、社員の不信感を強め、結果的に退職につながることもあります。

 配転命令は、単なる法的手続ではなく、経営判断の一環です。会社経営者としては、「権限があるか」「濫用にならないか」という最低限の法的枠組みを前提としつつ、その判断が会社全体にどのような影響を及ぼすのかまで視野に入れて考える必要があります。

4. 配転命令が無効となる典型的な場面

 配転命令は、会社経営者にとって重要な経営手段ですが、どのような場合でも有効になるわけではありません。実務上、配転命令が無効と判断されやすい典型的な場面は、ある程度パターン化されています。これを理解しておくことは、無用なトラブルを避けるために不可欠です。

 まず典型的なのは、そもそも配転命令権限が存在しない場合です。契約上、勤務地や職種が明確に限定されているにもかかわらず、それに反する配転を命じた場合には、命令自体が無効となります。形式上は正社員であっても、入社時の説明やその後の運用から、実質的に限定合意があったと認定されるケースもありますので注意が必要です。

 次に多いのが、配転の動機や目的に問題があると判断される場面です。特定の社員を辞めさせるため、あるいは嫌がらせの目的で配転を行ったと評価されると、たとえ業務上の必要性を形式的に説明できたとしても、無効と判断されるリスクが高まります。退職勧奨を断られた直後の配転などは、特に疑念を持たれやすい典型例です。

 さらに、社員に生じる不利益があまりにも大きい場合も問題となります。配転には一定の不利益が伴うのは当然ですが、通常甘受すべき範囲を著しく超える負担を一方的に課すような場合には、配転命令は無効とされる可能性があります。育児や介護、重い家庭事情を無視した転勤命令などは、その代表例といえます。

 会社経営者として重要なのは、「無効とされるのは例外的なケースだ」と安易に考えないことです。形式的には問題がなさそうに見えても、個別事情の積み重ねによって無効と判断されることは十分にあり得ます。配転命令を出す前に、これらの典型例に当てはまらないかを冷静に確認する姿勢が求められます。

5. 権利濫用と判断される三つの視点

 配転命令を検討する際、会社経営者が最も注意すべきポイントが「権利の濫用」に当たらないかどうかです。配転命令権限があることは前提にすぎず、その行使の仕方次第では無効と判断されるのが労働法の特徴です。実務上は、主に三つの視点から判断されます。

 第一に、業務上の必要性があるかどうかです。どの部署に誰を配置するかは、原則として会社の裁量が広く認められています。ローテーション人事や組織再編への対応なども、通常は業務上の必要性が肯定されやすい分野です。ただし、「なぜこの社員でなければならないのか」「今このタイミングなのか」といった点について、まったく説明ができない場合には、疑問を持たれやすくなります。

 第二に、不当な動機や目的がないかという点です。典型例は、辞めさせる目的や嫌がらせ目的での配転です。表向きは業務上の理由を掲げていても、経緯やタイミング、過去のやり取りなどから、不当な意図が推認されると、配転命令は無効と判断されやすくなります。会社経営者としては、動機を疑われない説明と経過管理が重要になります。

 第三に、社員に生じる不利益の程度です。配転には不利益が伴うのが当然であり、一定の負担は社員が甘受すべきものとされています。しかし、その負担が通常の範囲を著しく超える場合には、権利濫用と評価される可能性があります。特に、育児や介護などの事情がある場合には、不利益の程度が重く評価されやすくなります。

 この三つは個別に判断されるものではなく、相互に関連しながら総合的に評価されます。会社経営者としては、「権限があるから問題ない」と考えるのではなく、これら三つの視点すべてに耐えうる判断かどうかを冷静に検討する姿勢が不可欠です。

6. 転勤と育児・介護への配慮が求められる理由

 転勤を伴う配転については、近年、会社経営者に求められる配慮の水準が明確に高まっています。その大きな理由が、育児や介護を取り巻く社会状況の変化と、それを踏まえた法制度の整備です。

 共働き世帯が一般化した現在、育児や介護は一部の社員だけが担うものではなく、多くの社員が日常的に関与しています。そのような中で、就業場所の変更を伴う転勤を命じれば、家庭生活に重大な影響が生じることは容易に想定できます。会社経営者としては、「私生活の問題」と切り離して考えることが、もはや難しい時代に入っています。

 特に重要なのが、育児・介護に関する法的配慮義務です。就業場所の変更を伴う配置転換を行う場合、社員が育児や介護を継続することが困難とならないよう配慮することが、会社に対する法的義務として定められています。これは単なる努力目標ではなく、判断過程そのものが問われる性質のものです。

 また、育児や介護の状況について相談した社員に対し、不利益な取扱いをしてはならないとされている点も見逃せません。転勤を拒否した理由が育児や介護にあるにもかかわらず、それを理由に不利な処遇を行えば、配転命令そのものとは別の法的問題に発展する可能性があります。

 会社経営者として重要なのは、転勤を一律に命じるかどうかではなく、その社員の具体的事情を把握し、どのような配慮が可能かを検討した上で判断することです。配慮を尽くした経過を残しておくことは、法的リスクを下げるだけでなく、社員との信頼関係を維持する上でも重要な意味を持ちます。

7. 職種変更を拒む社員への法的評価

 担当業務や職種の変更に応じない社員への対応も、転勤と同様に会社経営者にとって悩ましい問題です。結論から言えば、職種変更命令についても、原則的な枠組みは配転命令と同じであり、「権限の有無」と「権利濫用に当たらないか」という視点から評価されます。

 正社員の場合、契約上、職種が限定されていないケースが多く、形式的には職種変更命令権限が認められることが一般的です。ただし、入社時の説明内容、採用の経緯、長年の勤務実態などを踏まえ、実質的に特定の職種に限定する合意があったと判断される場合には、職種変更命令は無効となります。書面がなくても、事後的に限定合意が認定されることがある点は注意が必要です。

 また、職種変更の動機や目的も重要です。社員を辞めさせるため、あるいは本人の適性を無視して明らかに不向きな業務に就かせるような場合には、不当な目的があると評価されやすくなります。一方で、業務上の必要性があり、一定の指導や支援を前提として未経験の業務に就かせる程度であれば、直ちに違法と判断される可能性は高くありません。

 実務上、職種変更命令そのものが無効と判断される場面は、転勤と同様、まだ限定的です。しかし、だからといって強硬に命令すればよいという話ではありません。職種変更は社員のキャリア観に直結する問題であり、不満が蓄積すれば、退職という形で会社に跳ね返ってくるリスクが高い分野です。

 会社経営者としては、法的に可能かどうかだけでなく、その職種変更が社員の納得感を得られるものか、長期的に会社にとってプラスになるのかという視点を持って判断することが求められます。

8. 裁判に勝てても安心できない理由

 配転命令や職種変更命令について、「裁判になっても会社が勝てるか」という視点で判断しようとする会社経営者は少なくありません。しかし、この発想だけで対応を決めてしまうと、実務上は大きな落とし穴にはまることがあります。裁判に勝てる可能性が高いことと、経営上のリスクが小さいことは、必ずしも一致しないからです。

 確かに、現在の裁判実務を見る限り、配転命令や職種変更命令は、一定の条件を満たしていれば会社側が有効と判断されやすい分野です。命令に従わないことを理由とした解雇についても、拙速でなければ認められる可能性は低くありません。その意味では、法的な勝敗だけを見れば、会社側が有利な場面も多いといえます。

 しかし、問題はそこに至るまでの過程です。社員が配転に強い不満を抱き、会社との信頼関係が損なわれた状態で働き続けるとは限りません。裁判を起こさず、静かに退職を選択する社員も多く、その場合、会社は勝ち負け以前に貴重な戦力を失うことになります。特に人手不足の状況では、この影響は決して小さくありません。

 また、裁判になった場合でも、解決までには長い時間とコストがかかります。たとえ最終的に会社が勝訴したとしても、その間の対応負担や社内外への影響を考えれば、「勝ったから問題なし」と割り切れるものではありません。

 会社経営者としては、「裁判で勝てるか」という最低限のラインを確認することは必要ですが、それだけで判断を終わらせてはいけません。その配転が、会社にとって本当にプラスなのか、長期的に見てどのような影響を及ぼすのかまで含めて考える視点が求められます。

9. 最大のリスクは「辞められること」である

 配転や職種変更に応じない社員への対応において、現在の会社経営者が最も警戒すべきリスクは、法的トラブルそのものではなく、社員に退職を選択されてしまうことです。命令が有効か無効かという議論以前に、人材を失うという結果が、経営に与える影響は極めて大きいものがあります。

 現在は、多くの業界で人手不足が続いており、社員側から見れば転職の選択肢が広がっています。そのため、配転や職種変更に強い不満を感じた場合、会社と争うよりも、静かに退職して別の職場を選ぶという行動に出やすい環境にあります。これは、かつてのように「辞めたくても辞められない」時代とは大きく異なる点です。

 特に問題となるのは、一定のスキルや経験を持った中核人材が離職してしまうケースです。配転命令自体は適法であっても、その結果として優秀な社員が流出すれば、会社にとっては明らかにマイナスです。後任の採用や育成にかかるコストや時間を考えれば、配転によって得られる効果と釣り合わない場合も少なくありません。

 また、退職が連鎖的に発生するリスクも無視できません。一人の社員が配転をきっかけに辞めたという事実は、他の社員にも影響を与えます。「次は自分かもしれない」という不安が広がれば、職場全体の士気や定着率に悪影響を及ぼします。

 会社経営者としては、配転命令を出すこと自体よりも、その結果として誰が、どの程度の確率で辞める可能性があるのかを冷静に見極める必要があります。今の時代においては、この退職リスクこそが、配転対応における最大の経営リスクであることを強く意識すべきです。

10. 個別事情を踏まえた対応が不可欠な時代

 配転や職種変更をめぐる問題において、かつてのような一律対応は、もはや通用しにくくなっています。社員一人ひとりの事情が多様化している現在、会社経営者には、個別事情を踏まえた判断と対応が強く求められる時代に入っています。

 育児や介護の状況、配偶者の就労状況、健康状態、これまでのキャリアや専門性など、配転に影響を与える事情は社員ごとに大きく異なります。これらを十分に把握しないまま、画一的に命令を出してしまえば、法的リスクが高まるだけでなく、社員の納得感を得ることもできません。

 そのため、配転を検討する段階では、まず現状把握が欠かせません。本人の希望を聞き、配転や職種変更が難しいとする理由について具体的に確認することが重要です。必要に応じて、事情を裏付ける資料の提出を求めることも、決して不適切ではありません。重要なのは、感覚や印象ではなく、事実に基づいて判断することです。

 その上で、会社としての必要性と、社員側の事情とを比較検討し、どこまで調整が可能かを考えることになります。全ての希望を受け入れる必要はありませんが、配慮できる余地があるにもかかわらず、それを検討しなかったという姿勢は、後に大きな問題となり得ます。

 会社経営者としては、個別対応が「甘さ」や「例外扱い」ではなく、経営判断の質を高めるための重要なプロセスであると捉えることが必要です。丁寧な個別対応こそが、法的リスクの低減と人材定着の両立につながります。

11. 会社経営者に求められる配転判断の視点

 配転や職種変更の問題に直面したとき、最終的に判断を下すのは会社経営者です。その際に求められるのは、法的な正解をなぞることではなく、自社の経営方針や人材戦略と整合した判断を行うことです。配転は人事の問題であると同時に、経営そのものの問題だという認識が不可欠です。

 まず前提として、配転命令が法的に有効かどうかは最低限確認すべき事項です。しかし、それはスタートラインにすぎません。有効であることが確認できたとしても、その配転によって社員が能力を発揮できるのか、組織全体のパフォーマンスが向上するのかといった視点を欠いてはいけません。

 また、自社の魅力や置かれている環境を冷静に見極めることも重要です。給与水準、働きやすさ、将来性、企業としてのブランド力などによって、社員が配転を受け入れる可能性や、退職を選択する可能性は大きく変わります。同じ配転命令であっても、会社によって結果は全く異なります。

 さらに、当該社員の性格や価値観、これまでの会社との関係性も考慮すべき要素です。強く命令すれば従うタイプなのか、それとも納得できなければ退職を選ぶタイプなのかを見誤ると、判断を誤ります。これはデータだけでは測れない部分であり、日頃から社員をよく見ている会社経営者だからこそできる判断です。

 配転判断に迷う場面では、法的観点と経営的観点の双方から助言できる専門家と相談しながら進めることも有効です。会社経営者に求められているのは、「命令できるか」ではなく、「どの判断が自社の将来にとって最も合理的か」を見極める力だといえるでしょう。

 

最終更新日2026/2/12


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