問題社員29 社員を引き抜いて、同業他社に転職する。

 在職中は、労働契約上の誠実義務として、同業他社に勤務したり、自ら同業他社を経営したりすることは当然禁止されますが、退職後は、競業避止特約がある場合に限り、合理的な範囲内においてのみ競業が禁止されることになります。
 特約がない場合であっても、労働契約継続中に獲得した取引の相手方に関する知識を利用して、使用者が取引継続中のものに働きかけをして競業を行うことは許されず、そのような働きかけをした場合には、労働契約上の債務不履行となるとする裁判例(チェスコム秘書センター事件東京地裁平成5年1月28日判決)もありますが、競業自体というより、取引先への働きかけが問題とされたものと考えておいた方が、穏当なのではないかと思います。

 社員が退職後の競業避止義務を定めた誓約書を提出したとしても、競業の制限が合理的範囲を超え、職業選択の自由、営業の自由を不当に制限するものである場合は、公序良俗に反し無効となります。
 退職後の競業の制限が合理的範囲を超えるか否かは、「制限の期間、場所的範囲、制限の対象となる職種の範囲、代償の有無等について、債権者の利益(企業秘密の保護)、債務者の不利益(転職、再就職の不自由)及び社会的利害(独占集中の虞れ、それに伴う一般消費者の利害)の三つの視点に立って慎重に検討していくことを要する」(フォセコ・ジャパン・リミテッド事件奈良地裁昭和45年10月23日判決)と考えるのが一般的です。

 個別の同意がない場合であっても、退職後の競業避止義務を就業規則に定めれば、その内容が合理的なものである限り、退職後の競業避止義務を課すことができます。
 また、就業規則の服務規律に在職中の引き抜き行為を禁止する旨定め、在職中の引き抜き行為を懲戒解雇事由として規定しておくべきでしょう。

 退職金の不支給・減額・返還事由として、退職後の競業避止義務に違反した場合や懲戒解雇事由に該当する場合を規定しておくことも考えられます。
 当該個別事案において、退職金不支給・減額の合理性がある場合には、退職金を不支給または減額したり、支給した退職金の全部または一部の返還を請求したりすることができることになります。

 退職金の不支給・減額・返還の合理性の有無は、
① 退職金の性格の中に功労報奨金的要素の占める度合いがどの程度か
② 会社の損害、額の大きさ、会社において営業努力により回避できるか、不可避なものか
③ 労働者の背信性の存否等
等を考慮して判断されることになります。

 競業避止義務に違反したというだけでは、会社の損害の有無、損害との間の因果関係の立証が困難なことが多く、損害賠償請求は必ずしも容易ではありません。
 従業員の引抜行為のうち単なる転職の勧誘に留まるものは違法とはいえず、転職の勧誘が引き抜かれる側の会社の幹部従業員によって行われたとしても、直ちに雇用契約上の誠実義務に違反した行為と評価することはできません。
 ただし、退職時期を考慮し、あるいは事前の予告を行う等、会社の正当な利益を侵害しないよう配慮すべきであり、会社に内密に移籍の計画を立て一斉、かつ、大量に授業員を引き抜く等、その引抜きが単なる転職の勧誘の域を越え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合には、それを実行した会社の幹部従業員は雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、債務不履行あるいは不法行為責任を負うことになります。
 社会的相当性を逸脱した引抜行為であるか否かは、転職する従業員のその会社に占める地位、会社内部における待遇及び人数、従業員の転職が会社に及ぼす影響、転職の勧誘に用いた方法(退職時期の予告の有無、秘密性、計画性等)等諸般の事情を総合考慮して判断されます。

 ある企業が競争企業の従業員に自社への転職を勧誘する場合、単なる転職の勧誘を越えて社会的相当性を逸脱した方法で従業員を引き抜いた場合には、その企業は雇用契約上の債権を侵害したものとして、不法行為として引抜行為によって競争企業が受けた損害を賠償する責任があります。
 ただし、社員には退職・転職の自由が認められているため、社員の自由な意思による退職・転職に伴って会社に発生する損害については、原則として損害賠償請求することはできません。
 転職の多い業界、代替人材の確保が容易な業界における引き抜きについては、それが違法なものであったとしても、会社の主張する損害の一部しか相当因果関係を認めてもらえないことが多いというのが実情です。

弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎


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