労働問題351 基本給や他の手当等の通常の賃金とは金額を明確に分けた手当の形式で時間外・休日・深夜割増賃金を支払う場合の定額(固定)残業代は、どのような場合に有効となりますか。

1 賃金規程等の定め

 「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「深夜勤務手当」等、時間外・休日・深夜割増賃金の支払であることが明白な名目で金額を明示して支給した場合は、通常は時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められます。
 他方、「営業手当」「管理職手当」「配送手当」「長距離手当」「特殊手当」等の一見、時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当とは分からない名目で支給した場合は、当該手当が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当である旨定めた賃金規程等の定めがない限り、通常は時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったとは認められません。

2 当該手当が実質的にも時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であること

 「営業手当」「管理職手当」「配送手当」「長距離手当」「特殊手当」等の一見、時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当とは分からない名目で支給した場合、当該手当が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当である旨定めた賃金規程等の定めがある場合であっても、実質的に時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であるとは認められないとして、時間外・休日・深夜割増賃金の支払があったと認められないリスクがあります。
 例えば、営業手当はその全額を時間外割増賃金の趣旨で支払う旨の賃金規程の定めがある事案の反対尋問において、「営業手当はどういった趣旨の手当ですか?」と労働者側弁護士から質問されると、「営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨の手当です。」等と回答しがちです。このような趣旨の手当では、時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当とはいえないので、時間外割増賃金の支払があったとは認められなくなるリスクがあります。
 模範解答どおり、「時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当です。」と回答したとしても、「営業手当の全額がそうなんですか?」「営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨も含むんじゃないですか?」等と尋問されると、これを否定するのはつらくなり、「基本的には時間外割増賃金の趣旨で支払われる手当なのですが、営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨も含んでいます。」等といった回答をせざるを得なくなる可能性があります。
 営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨と時間外割増賃金の趣旨とが混在する場合、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外割増賃金に当たる部分とを判別することができなければ時間外割増賃金の支払があったとは認められないと考えられますが、上記のような場合、営業手当のうち何円が営業の精神的負担や被服・靴などの消耗品に対する金銭的負担を補填する趣旨で支払われるもので、何円が時間外割増賃金の趣旨で支払われるものか分からないため、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外割増賃金に当たる部分とを判別することができないと判断されて、時間外割増賃金の支払があったと認められなくなるリスクが高いものと思われます。

3 通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分との判別可能性

 通常の労働時間・労働日の賃金とは金額を明確に分けた手当の形式で定額(固定)残業代を支払う場合、当該手当の全額が実質的にも時間外・休日・深夜労働の対価(時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる手当)であると評価できるのであれば、支給した時間外・休日・深夜割増賃金の額が労基法37条及び同法施行規則19条の計算方法で計算された金額以上となっているかどうかを容易に計算(検証)できるため、通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別することができます。
 全額が時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨を有する手当の「金額」さえ明示すれば、通常の労働時間・労働日の賃金に当たる部分と時間外・休日・深夜割増賃金に当たる部分とを判別し得るのですから、当該手当が何時間分の時間外・休日・深夜労働時間の対価か(時間数)を明示することは必須の要件ではないと考えます。
 ただし、当該手当が時間外・休日・深夜労働の対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも、当該手当の金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。
 また、労基法上の割増賃金には、時間外・休日・深夜割増賃金の3種類があり、それぞれ時間単価が異なるため、当該手当と時間外・休日・深夜割増賃金との関係を明確に定義しておく必要があります。

4 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることが必要か

 定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う必要があるのは労基法上当然のことですし、最高裁の法廷意見がこのような要件を要求したことはないのですから、定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させたり合意したりすることは、定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えられますが、実際には、定額(固定)残業代で不足額があれば当該賃金計算期間に対応する賃金支払日に不足額を追加で支払う旨賃金規程に定めて周知させておくとともに、個別合意を取得しておくべきと考えます。

5 定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるためには、「賃金支給時」においても支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることが必要か

 「賃金支給時」においても支給対象の時間外・休日・深夜労働時間と時間外・休日・深夜割増賃金の額が労働者に明示されていることは、定額(固定)残業代の支払により使用者が時間外・休日・深夜割増賃金を支払ったといえるための要件ではないと考えますが、実際には、通常の労働時間・労働日の賃金と区別されて時間外・休日・深夜割増賃金の支払がなされていることを明らかにするために、給与明細書においても、時間外・休日・深夜割増賃金の「金額」を明示すべきですし、支給された定額(固定)残業代が時間外・休日・深夜労働に対する対価であること(実質的にも時間外・休日・深夜割増賃金の趣旨で支払われる金額であること)を明らかにするためにも、当該金額が何時間分の時間外・休日・深夜労働を見込んで設定されたものかといった当該金額の算定根拠を説明できるようにしておくべきと考えます。

弁護士法人四谷麹町法律事務所
代表弁護士 藤田 進太郎

 


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